『認知心理学研究』第24巻 第1号

『認知心理学研究』 第24巻 第1号(2026年8月)

目次

  • 原著/陰謀論信念と疑似科学信念への関連要因の検討:信念更新バイアス,認知的熟慮性,被害妄想傾向,科学的推論能力との関連(佐藤あかり・高橋達二・中村紘子)

  • 原著/視線ならびに矢印における空間適合性効果の時間的特性:2段階仮説の検証(浅井優子・吉崎一人・加藤公子)

  • 原著/血と文脈の一致性が周辺情報の記憶に及ぼす影響(山本知果・布井雅人・北神慎司)

  • 原著/親からの褒め・叱りと批判的思考および認知的熟慮性の関連:褒めるか叱るか曖昧な場面での検討(佐々木真吾)

  • 原著/The relationship between analogical reasoning and executive functioning in children with hearing impairments(Hirohito CHONAN・Takashi SAWA)

  • 原著/認知的不一致および認識論的感情を原因とする情報探索意欲の生起モデル:対立する内容の文章を用いた検証(中島裕人・山 祐嗣)

  • 原著/見知らぬ他者への対人評価が所持品間距離に及ぼす影響(宮代こずゑ・磯 真奈美)

  • 原著/高齢者を「かわいい」と表現することが高齢者に対する印象とケア意欲に与える影響(中村野々香・入戸野 宏)

  • 原著/誰に情報を伝えたかという記憶は顔に付与された価値に影響されるか?:顔に付与された価値が伝達先記憶に及ぼす影響(陳 揚・北神慎司)

  • 展望/漢字の美的評価と流暢性理論(張 沁晶・光藤宏行)

  • 学会参加報告/2025年度日本認知心理学会と韓国認知生物心理学会の交流:韓国大会への若手研究者派遣事業・報告(Miyuki Rachel OSHIMA)

  • 会報
    日本認知心理学会2025年度第2回理事会報告
    日本認知心理学会第24回総会報告
    第25回大会のお知らせ
    受領図書
    お知らせ
    日本認知心理学会 会則
    日本認知心理学会選挙細則
    「認知心理学研究」諸規程

Abstract

原著/陰謀論信念と疑似科学信念への関連要因の検討:信念更新バイアス,認知的熟慮性,被害妄想傾向,科学的推論能力との関連

佐藤あかり(東京電機大学大学院)
高橋達二(東京電機大学)
中村紘子(東京電機大学)

 本研究では,陰謀論信念と疑似科学信念に影響を与える認知的要因を日本人参加者で検討した.反証的証拠に対するバイアス(BADE)課題を用いた2つの調査を通じて,認識論的に疑わしい信念(ESB)と信念更新プロセス,認知的熟慮性,被害妄想傾向,科学的推論能力の関連を調べた.スウェーデン人参加者を対象とした先行研究(Acar et al., 2022)と異なり,信念更新の困難さ(EI)と陰謀論信念の関連は日本人参加者では認められなかった.こうした結果は,文脈を重視して情報を統合する全体論的思考スタイルなどの,文化的な認知処理傾向を反映している可能性が考えられる.初期情報の過信(PRB)は文脈依存的な関連を示し,中立的文脈では陰謀論信念と,感情的文脈では疑似科学信念と関連した.一方で,科学的推論能力は両タイプのESBを一貫して抑制し,普遍的な保護要因として機能した.被害妄想傾向は陰謀論信念とのみ選択的に関連したのに対し,疑似科学信念とは関連せず,異なるESBタイプには異なる認知メカニズムが存在することが示唆された.分析的思考(CRT)は主に科学的推論能力の向上を介して間接的にESBに影響したこれらの知見は,ESBの形成・維持が文化的認知スタイル,文脈要因,認知能力の複雑な相互作用に依存することを実証的に示している.
キーワード: 信念更新,陰謀論,疑似科学信念,BADE

原著/視線ならびに矢印における空間適合性効果の時間的特性:2段階仮説の検証

浅井優子(愛知淑徳大学大学院心理医療科学研究科)
吉崎一人(愛知淑徳大学心理学部)
加藤公子(愛知淑徳大学心理学部)

 左または右視野に視線刺激または矢印刺激を呈示する空間ストループ課題では,矢印刺激では一致条件のほうが不一致条件よりも成績が高い(空間適合性効果)のに対し,視線刺激では逆の効果が報告されている(Marotta et al., 2018).Tanaka et al.( 2024, 2025)は,ターゲット刺激の背景からの分離と,その後の位置情報の抑制という二つの段階から成る「2段階仮説」により,この逆空間適合性効果を説明できると提案している.本研究ではこの仮説の一般性を検証するため,写真による視線刺激と矢印刺激を用い,ターゲット呈示位置を3段階で操作した.結果として,刺激の種類にかかわらず,反応時間の延長に伴い空間適合性効果は減少,消失し,さらに逆空間適合性効果が出現する線形的変化を示した.さらに,反応時間がより長くなると逆空間適合性効果は減少し,非線形的なパターンが確認された.これらの結果は,2段階仮説が刺激の社会的・生物学的特性に依存せずに空間適合性効果を説明し得ることを示し,その一般性と理論的妥当性を支持するものであった.
キーワード: 視線,空間適合性効果,逆空間適合性効果,時間的特性,2段階仮説

原著/血と文脈の一致性が周辺情報の記憶に及ぼす影響

山本知果(名古屋大学大学院情報学研究科)
布井雅人(名古屋市立大学大学院人間文化研究科)
北神慎司(名古屋大学大学院情報学研究科)

 本研究は,事件や事故現場に存在する血という情動喚起刺激が,文脈との一致性に応じて,周辺情報の記憶に与える影響を検討した.実験1では,まな板上に魚(文脈一致)またはメガネ(文脈不一致)とともに血がある,あるいは血がない条件のいずれかの動画を視聴させ,周辺情報の再認課題を行った.その結果,違和感の評価は文脈不一致条件で高かったが,情動喚起性に違いは見られず,記憶成績に有意差は見られなかった.実験2では,動画の画面サイズを変更し,再認成績への影響を再検討した.その結果,情動喚起性,違和感の評価は文脈不一致条件のほうが文脈一致条件よりも高かった.しかし,記憶成績には影響を及ぼさなかった.これらの結果より,文脈との一致性が違和感や情動喚起性に影響を及ぼす一方で,それらが周辺情報の記憶成績に影響するためには強い情動が喚起される必要があることが示唆された.
キーワード: 情動喚起性,周辺情報,文脈一致性,目撃証言

原著/親からの褒め・叱りと批判的思考および認知的熟慮性の関連:褒めるか叱るか曖昧な場面での検討

佐々木真吾(北海道教育大学札幌校学校教育専攻)

 本研究では,褒めるか叱るか曖昧な場面における親からの褒めと叱りが,批判的思考および認知的熟慮性とどのように関連するかを検討した.大学生103名を対象に,質問紙調査を行った結果,曖昧場面で褒められる経験は,批判的思考態度の探究心と客観性および衝動的な認知スタイルと関連することが示された.これに対して,叱られる経験は批判的思考態度の客観性と負の相関があった.以上の結果から,ネガティブ,ポジティブ両方の側面を持つ曖昧場面では,ポジティブな側面をまず受け止めて理解するといった関わりが,批判的思考態度と関連することが示唆された.親や親しい人から褒められ,理解される経験は,批判的思考の基盤を形成する可能性が示唆される.
キーワード: 批判的思考,認知的熟慮性—衝動性,養育態度

原著/The relationship between analogical reasoning and executive
functioning in children with hearing impairments

Hirohito CHONAN (Research and Support Center on Higher Education for People with Disabilities,
Tsukuba University of Technology)
Takashi SAWA (Department of Special Needs Education, Tokyo Gakugei University)

 本研究の目的は,聴覚障害児が類推課題における心的過程と発達の実態を明らかにすることであり,このため実行機能との関連を検討した.その結果,レーブン色彩マトリックス検査(RCPM)の合計点の平均は,加齢による向上を示した.またRCPMの各問題を類推の難易度で3群に分けたところ,1群には実行機能の抑制制御機能,更新機能,年齢の要因が関与し,2群には実行機能のシフティング機能,最も高い類推能力を要する3群には抑制制御機能と更新機能との関連性が見られた.以上のことから,RCPMに見られる聴覚障害児の類推能力は,加齢による発達が見られ,また類推に実行機能が関与していることが明らかとなった.
キーワード: 聴覚障害児,類推,レーブン色彩マトリックス検査,実行機能

原著/認知的不一致および認識論的感情を原因とする情報探索意欲の生起モデル:対立する内容の文章を用いた検証

中島裕人(大阪公立大学大学院文学研究科)
山 祐嗣(大阪公立大学大学院文学研究科)

 本研究の目的はVogl et al.(2020)が提案した,認知的不一致が驚きを生み,驚きが好奇心と混乱を生み,好奇心と混乱が情報探索意欲を生むというモデルを,Muis et al.(2015)の研究で用いられた実験手続きを用いて検証することであった.その手続きの中で実験参加者は,2つの対立する文章を読んで感じた,各感情,文章間の対立,文章内のトピックへの情報探索意欲,の程度を答えた.パス解析の結果,感情変数として2つ目の文章を読んだときの感情の程度を採用したモデルではモデルが包括的に支持された.一方で,2つの文章それぞれを読んだときの感情の差得点を採用したモデルでは,認知的不一致が各感情を生むという仮説ならびに好奇心が情報探索意欲を生むという2つの仮説が,支持されなかった.後者のモデルより,本実験手続きが誘発する認知的不一致はある程度の大きさの感情にのみ影響すること,およびある程度以上の好奇心は意欲に影響しないことが示唆された.本研究結果により,当該モデルの適用範囲,および本実験手続きの利点が示された.
キーワード: 認知的不一致,好奇心,驚き,混乱,情報探索

原著/見知らぬ他者への対人評価が所持品間距離に及ぼす影響

宮代こずゑ(宇都宮大学共同教育学部)
磯 真奈美(宇都宮大学教育学部)

 本研究は,人の所持品の周りを取り巻く拡張的パーソナルスペースに焦点を当て,大学生21名を対象に実験を行った.見知らぬ他者(男性サクラ)が控室のソファーに座る位置(近・遠)を操作した後,参加者とサクラは別の実験スペースへ移動した.その時,参加者がサクラの荷物からどれほど離して自身の荷物を置くか(所持品間距離)が重要な測定変数となっていた.その後,サクラの対人評価を含む質問紙への回答が続いた.結果から,参加者がサクラの対人適応性を低く評価した場合は,参加者自身の荷物を平均的な位置
よりも離して置くことが確認された.ここから,対人適応的でないと感じられる他者と過ごす際,所持品間距離を調整することがコーピングとして機能する可能性が示された.さらに,女性参加者においては男性サクラが遠くに着席した条件において緊張感がより高かったことから,遠くに座るという行動が「関わりたくない」という否定的メッセージとして解釈された可能性がある.
キーワード: 拡張的パーソナルスペース,近接性,支配性,非関与,コーピング

原著/高齢者を「かわいい」と表現することが高齢者に対する印象とケア意欲に与える影響

中村野々香(大阪大学大学院人間科学研究科)
入戸野 宏(大阪大学大学院人間科学研究科)

 「かわいい」という言葉は典型的には子どもやペットに用いられるが,「かわいいおばあちゃん」のように高齢者に使われることもある.本研究では,高齢者を「かわいい」と表現することと高齢者に対する見方との関連を検討した.研究1では,高齢者をかわいいと感じたことのある日本人成人197名が,かわいいと感じることが相手の高齢者と自分に与える影響について自由記述を行った.その結果,高齢者をかわいいと感じることは,支援的で親和的な交流を促す一方,高齢者を見下すリスクがあることが示された.研究2では,日本人成人424名が「高齢者」と「かわいい高齢者」に対する印象を評価した.かわいい高齢者は温かさと有能さの両面で高く評価され,接近動機づけとケア意欲も高かった.また,パターナリズム型ケアと自律尊重型ケアの両方が高かった.高齢者を「かわいい」と呼ぶことは社会的に受け入れられないかもしれないく個人として尊重するケアにつながる可能性がある.
キーワード: かわいい,高齢者,ステレオタイプ,ケア,社会的望ましさ

原著/誰に情報を伝えたかという記憶は顔に付与された価値に影響されるか?:顔に付与された価値が伝達先記憶に及ぼす影響

陳 揚(名古屋大学大学院情報学研究科)
北神慎司(名古屋大学大学院情報学研究科)

 本研究は,情報を誰に伝えたかという伝達先記憶が,顔に付与された価値に影響されるかを検討した.実験1では,典型的な伝達先記憶パラダイムを用いて探索的に検討したが,明確な効果は認められなかった.そこで実験2(伝達先記憶課題)および実験3(ソース記憶課題)では,刺激および手続きを精緻化したうえで改めて検証を行った.その結果,伝達先記憶とソース記憶の双方において,付与された価値が高い顔は,低い顔よりも有意に高い連合記憶成績を示した.特筆すべきは,伝達先記憶の成績がソース記憶を一貫して
下回るという典型的現象が再現された状況下においても,顔に付与された価値による記憶の促進効果が観察された点である.これらの結果は,顔に付与された価値という動機づけ要因が,言語–顔ペアの再認成績を高める可能性を示すものである.
キーワード: 伝達先記憶,価値,ソース記憶

原著/誰に情報を伝えたかという記憶は顔に付与された価値に影響されるか?:顔に付与された価値が伝達先記憶に及ぼす影響

陳 揚(名古屋大学大学院情報学研究科)
北神慎司(名古屋大学大学院情報学研究科)

 本研究は,情報を誰に伝えたかという伝達先記憶が,顔に付与された価値に影響されるかを検討した.実験1では,典型的な伝達先記憶パラダイムを用いて探索的に検討したが,明確な効果は認められなかった.そこで実験2(伝達先記憶課題)および実験3(ソース記憶課題)では,刺激および手続きを精緻化したうえで改めて検証を行った.その結果,伝達先記憶とソース記憶の双方において,付与された価値が高い顔は,低い顔よりも有意に高い連合記憶成績を示した.特筆すべきは,伝達先記憶の成績がソース記憶を一貫して
下回るという典型的現象が再現された状況下においても,顔に付与された価値による記憶の促進効果が観察された点である.これらの結果は,顔に付与された価値という動機づけ要因が,言語–顔ペアの再認成績を高める可能性を示すものである.
キーワード: 伝達先記憶,価値,ソース記憶

展望/漢字の美的評価と流暢性理論

張 沁晶(九州大学)
光藤宏行(九州大学)

 看板や広告などで幅広く用いられる漢字は,東アジア文化圏において重要な役割を果たす.漢字は象形起源であり構造的な複雑性を持つ表意文字として発展した.さらに,漢字は書道を通じて,芸術作品として鑑賞することができる.本稿の主目標は,実験美学から発展した処理流暢性理論との関連を中心に,一般的な物体判断において美しいとされる性質が漢字にも認められるかということを議論することである.そこでまず漢字の歴史,芸術としての書道などを紹介する.そして実験美学,芸術学,流暢性理論などのアプローチによる美と芸術の理論を概観する.その後,知覚的・経験的要因が非文字刺激(幾何学図形や顔など)および漢字に対する美的評価に寄与するかを検討した数多くの心理学実験を概観する.これらの知見に基づいて,流暢性理論が漢字の美しさをどの程度説明できるかを考察する.
キーワード: 漢字,実験美学,流暢性,書道

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