『認知心理学研究』第2巻 第1号(平成17年3月)
目次
作動記憶における視空間的情報のリハーサルシステムの検討:空間タッピング課題の妨害効果から(須藤 智)
概念結合過程としての文のオンライン意味処理:形容詞-名詞句の典型性が文理解過程に及ぼす効果(藤木大介・中條和光)
ダイナミックタッチ研究の現状と今後の課題:批判的レヴュー(清水 武)
ソースモニタリングエラーにおける質判断と時間判断の検討:時間経過が反応バイアスに及ぼす影響(杉森絵里子・楠見 孝)
記憶定着の規定因:統一的説明可能性の理論的・実験的検討(水野りか)
カテゴリ競合とエピソード競合の影響:検索誘導性忘却の生起要因に関する検討(月元 敬・川口 潤)
<資料> 虚偽の記憶に及ぼす符号化の影響:処理水準からの考察(濱島秀樹)
<優秀発表賞> 第2回日本認知心理学会優秀発表賞の選考結果
<会員の広場> 日本認知心理学会第2回大会報告
<会報>
日本認知心理学会第2回大会報告
日本認知心理学会第2回総会報告
2003年度決算
2004年度予算
2004年度事業計画
日本認知心理学会第4回理事会報告
情報化委員会からのお知らせ
日本認知心理学会 優秀発表賞規程
日本認知心理学会 独創賞規程
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Abstract
作動記憶における視空間的情報のリハーサルシステムの検討:空間タッピング課題の妨害効果から
須藤 智
先行研究では,空間タッピング課題が視空間的情報の保持を妨害することが報告されている.本研究は,作動記憶における視空間的情報のリハーサルシステムを明らかにすることを目的に,視空間的情報のリハーサルに対する空間タッピング課題に含まれる妨害成分の検討を行った.実験Iでは,保持時間中の空間タッピング課題に含まれる空間性注意移動がCorsiブロック課題の成績を妨害することが示された.実験IIでは,空間タッピング課題に含まれる身体運動の制御・プランニングはCorsiブロック課題を妨害しないことが示された.以上の結果から空間タッピング課題に含まれるリハーサルに対する妨害成分は,タッピングという身体運動に伴い生じる空間性注意の移動であることが示唆される.さらに,この結果を二重課題法の観点から解釈すると,注意制御システムが視空間的情報のリハーサルシステムである可能性が示唆される.
概念結合過程としての文のオンライン意味処理:形容詞-名詞句の典型性が文理解過程に及ぼす効果
藤木大介・中條和光
文の意味表象は,句の主要部以外の構成素のスキーマと主要部スキーマとの統合を繰り返すことによって形成される複合概念であると考えることができる.本研究では,構成素スキーマと,それを主要部スキーマのスロットに統合するための条件との間の整合性の照合を伴う文理解のモデルを提案した.もしその条件が満たされないならば,スロットの選択制限は理解者の世界知識と無矛盾となるように拡張され,再びその整合性が照合される.このモデルに従うと,名詞句の読み時間と文容認可能性判断課題に要する反応時間は照合の回数を反映するはずである.読み時間(実験1)と文容認可能性判断課題の反応時間(実験1, 2)を,典型名詞句を伴う文と,これよりも多くの照合回数を必要とする非典型名詞句を伴う文とで比較した.2つの実験において,読み時間と反応時間とが典型名詞句文よりも非典型名詞句文で長くなった.これらの結果はモデルからの予測と一致したものであった.
ダイナミックタッチ研究の現状と今後の課題:批判的レヴュー
清水 武
本研究の目的は,生態心理学におけるダイナミックタッチ研究について,現在の課題と今後の展望を論じることであった.最初に,生態心理学の認識論的背景とされるGibsonの理論について,伝統的な知覚研究の枠組みと対比させて位置づけた.次に,慣性テンソルという物理量のモデルによって,この触知覚のメカニズムを明らかにした研究成果と意義を紹介した.これらの議論を踏まえ,現在のダイナミックタッチ研究が批判される可能性のある3つの問題点を指摘した.第一は,慣性テンソルモデルについての解釈が十分でなく,それによって新たな問題が生じること,第二は,知覚システム論の観点から求められる探索行為のプロセスに関する研究がほとんどないこと,第三は,人間の多様な知覚を包括可能とする分析の方法論が発展していないことである.本研究は最後に,これらの問題が生じる理由について,精神物理学の方法論的特徴との関係から議論し,人間の知覚経験を全体的に構造化する必要性について述べ,人間科学的アプローチの必要性を指摘した.
ソースモニタリングエラーにおける質判断と時間判断の検討:時間経過が反応バイアスに及ぼす影響
杉森絵里子・楠見 孝
本研究では,2つの実験を通して,質判断(“見た”,“想像”)と時間判断(“1日目”,“2日目”)の時間経過に伴うソース帰属バイアスの変化について調べることを目的とした.実験1,実験2ともに1日目と2日目に視覚呈示,もしくはイメージ生成によってそれぞれ項目を学習した.実験1では,1日目には3回反復呈示し,2日目には1回のみの呈示であったのに対し,実験2では1日目も2日目もともに1回呈示のみであった.8日目にソース判断を行った結果,質判断では,実験1,実験2ともに“見た”より“想像”と答えるバイアスがかかっていた.しかし,時間判断においては実験1の視覚呈示条件のみ“1日目”への正答率が“2日目”への正答率よりも高くなったが,実験2では“1日目”,“2日目”ともにチャンスレベルになった.これらのことから,文脈情報をコントロールした状態で新規のものを学習する場合,質判断については記憶痕跡の弱いソースへと帰属させる判断バイアスが働く一方で,時間判断は時間経過とともに判断バイアスがなくなることが明らかになった.
記憶定着の規定因:統一的説明可能性の理論的・実験的検討
水野りか
人間の記憶の合理性と経済性から考えて,様々な知見における記憶促進の原因が互いに無関係で独立していると考えるのは不合理である.本研究では,まず,処理の深さ,処理資源量,符号化多様性と特定性といった記憶定着に関わる要因に関する研究を概観し,これらの要因がみな活性化という共通の概念で説明しうる可能性を示唆した.次に,精緻化,検索経路の強化,文脈の影響,分散効果に関する知見をこの概念で説明しうるか否かの理論的検討を行い,共通の規定因としての活性化量を提案した.そして,処理水準の活性化量による説明可能性を示唆する実験結果を紹介したうえで,新たに,維持・精緻化リハーサルによる再生率の違いもこれと同様に活性化量によって説明可能か否かを実験的に検討した.そしてこの考え方を支持する実験結果を得て,様々な認知活動における記憶促進の共通の規定因としての活性化量を提案した.
カテゴリ競合とエピソード競合の影響:検索誘導性忘却の生起要因に関する検討
月元 敬・川口 潤
Anderson, Bjork, & Bjork(1994)が検索経験パラダイムを考案して以来,検索誘導性忘却が検討されているが,それは刺激のカテゴリ的性質に基づくものであり,エピソード的性質に基づくものではなかった.本論文の目的は,検索誘導性忘却に対する学習エピソードの効果を検討することである.この目的のため,筆者らは,学習段階に被験者がエピソード手がかりによる検索経験を行うような検索経験パラダイムの変形バージョンをデザインした.実験1と2は,カテゴリ-事例対を刺激とする変形版手続きで検索誘導性忘却が生じるかどうかを検討した.実験1では,刺激とエピソード手がかりの間隔が1500ミリ秒,実験2では,その間隔が0ミリ秒に設定された.検索誘導性忘却は実験1でのみ認められた.これはたとえ刺激にカテゴリ情報が含まれていたとしても,忘却効果の生起は,学習エピソードの保持努力に依存することを示唆している.実験3では,相互にカテゴリ情報を含まない刺激に対して,エピソード手がかりの検索経験後に検索誘導性忘却が生じる可能性を検討した.その結果,検索経験による促進効果は見られたが,検索誘導性忘却は見られなかった.これらの結果は,想起は忘却を引き起こすが,記憶内でカテゴリ競合だけでなくエピソード競合も生起している場合に限られることを示唆している.
<資料> 虚偽の記憶に及ぼす符号化の影響:処理水準からの考察
濱島秀樹
本研究の目的は,虚偽の記憶に対する処理水準の効果を調べることにある.虚再生や虚再認は,被験者に学習されない単語である未学習連想中心語と強い連想関係にある語を提示することによって導き出された.学習段階で,被験者は使用頻度評定か文字数数えのどちらかを課せられた.そして,その後に,直後再生テストと直後および1週間後に再認テストがなされた.結果は,より深い処理を行った被験者のほうが,学習単語を有意な差をもって再生もしくは再認したが,未学習連想中心語では,そうならなかった.また,保持間隔を経て,学習単語の正再認率とR反応率は大きく低下したが,未学習連想中心語ではそのようにはならなかった.