『認知心理学研究』第5巻 第2号

『認知心理学研究』第5巻 第2号(平成20年2月)

目次

  • 他者の視線方向と表情が情動刺激に対する視覚的注意に及ぼす効果(小川時洋・吉川左紀子)
  • Encoding times for phonograms in English and Japanese readers:Eliminating the time for attention switching(Rika MIZUNO, Takao MATSUI, Jason L. HARMAN, and Francis S. BELLEZZA)
  • 偶発学習および意図学習の自由再生に及ぼすBGM文脈依存効果(漁田俊子・漁田武雄・林部敬吉)
  • イメージの視覚情報と感情情報の共起性に関する研究(本山宏希・宮崎拓弥・菱谷晋介)
  • 異質性や感情の喚起によって生起する順行健忘:
    提示時間の効果について(野畑友恵・箱田裕司)
  • 文章理解における文脈制約が下位目標・上位目標・因果的前提の推論に及ぼす影響(猪原敬介・堀内 孝・楠見 孝)
  • 詳細な誤情報が虚記憶に及ぼす影響:
    共同想起場面で誤情報が他者によって示された場合(星野祐司・山田桃子)
  • <資料> 状況的自己知識へのアクセス可能性がネガティブ感情の制御に及ぼす影響(青林 唯)
  • <特別寄稿> 第3回日本認知心理学会独創賞記念講演内容|錯視の認知心理学(北岡明佳)
  • <会報> 
    日本認知心理学会第5回総会報告
    日本認知心理学会 会則
    日本認知心理学会 選挙細則
    「認知心理学研究」 編集規程
    「認知心理学研究」 執筆・投稿規程
    「認知心理学研究」 審査手順規程
    「認知心理学研究」 投稿倫理規程

 

Abstract

他者の視線方向と表情が情動刺激に対する視覚的注意に及ぼす効果

小川時洋・吉川左紀子

注意定位課題を用いた2つの実験を通じて,視覚的注意に対する他者の視線方向と表情の相互作用的効果を検討した.実験参加者は笑顔ないしは渋面で,正面,左ないし右を見つめる線画顔を見た.次に視線のオンセット後に現れる情動価を持つ標的スライドに対して回答した.視線手がかり有効性と表情-スライドの一致性が,操作された.実験1(n=15)では,実験参加者は標的の出現位置について回答するよう求められた.その結果,視線方向による空間手がかり効果は明瞭に見られたが,表情の効果は見られなかった.実験2(n=18)では,実験参加者の課題は,標的の誘意性を評価することであった.結果では,有意な視線×表情の交互作用が見られ,表情-標的の一致性が視線手がかりの有効性によって影響されることが示唆された.いくつかの理論的意義について論じた.

 

Encoding times for phonograms in English and Japanese readers:Eliminating the time for attention switching

Rika MIZUNO, Takao MATSUI, Jason L. HARMAN, and Francis S. BELLEZZA

英語母語者と日本語母語者を対象にした我々の以前の文字マッチング実験では,日本語母語者の形態的一致のマッチングRTが短いことが確認された。そこで我々は日本語母語者の優勢文字の漢字処理における形態コードへの依存度の高さが表音文字の処理でも認められ,そのために日本語母語者の表音文字の形態的符号化の所要時間が短いという仮説を立てた。しかし,符号化以外の要因の影響でISIが短いほどマッチングRTが長くなっていたため,そのマッチングRTに基づいて符号化時間を断定することは不可能だった。我々はその要因が注意切り替えに要した時間ではないかと仮定し,英語母語者と日本語母語者を対象にアルファベットと日本語の表音文字を刺激とし第1文字の呈示時間でSOAを操作した2つの実験でマッチングRTに加えて注意切り替えの時間を知るための単純反応時間を測定した。その結果,単純反応時間はSOAが短いほど長いことが見出され,我々の仮定が正しいことが確認された。そして注意切り替えの時間を除外した正味マッチングRTからは,英語母語者では形態的符号化も音韻的符号化も100msから300msの間に終了するのに対し,日本語母語者の音韻的符号化の完了時間は英語母語者のそれと変わらないが形態的符号化は100ms以内に終了することが明らかとなり,我々の仮説は支持的証拠を得た。

 

偶発学習および意図学習の自由再生に及ぼすBGM文脈依存効果

漁田俊子・漁田武雄・林部敬吉

バックグラウンドミュージック(BGM)が,自由再生における文脈依存効果を生じさせるか否か,また生じさせる場合どのように生じさせるかを,2つの実験によって調べた.総勢160名の大学生が,20個の単語を符号化した.符号化の最中には,4種類のうちの1曲をBGMとして流した.符号化した単語の30秒後の自由再生時には,符号化時と同じ(同文脈条件)あるいは異なる(異文脈条件)BGMを流した.実験1は,学習意図×反復回数×文脈の効果を検討し,実験2は,偶発学習条件における提示速度×文脈の効果を検討した.BGM依存効果は偶発学習条件で生じたが(実験1・2),意図学習条件では生じなかった(実験1).BGM文脈依存効果が生じた偶発学習条件において,1回提示後では有意な文脈依存効果が生じたが,2回提示後では生じなかった.また,4秒提示後と8秒提示後の両方で,有意な文脈依存効果が生じた.本結果は,(a)自由再生におけるBGM文脈依存効果が意図学習では生じにくいこと,(b)反復や提示速度など項目強度の規定因が,BGM依存効果の大きさを増加させないことを示している.

 

イメージの視覚情報と感情情報の共起性に関する研究

本山宏希・宮崎拓弥・菱谷晋介

本研究では,イメージを形成すると視覚的な情報だけでなく感情的な情報も喚起されるか否かを,感情プライミングの手法を用いて検討した.実験の結果,イメージを形成する際に視覚情報の喚起のみを促し,感情情報の処理には一切言及しない教示下においても,その後の語彙性判断課題にイメージ対象の感情的側面の影響が見られた.このような結果は,絵的なイメージの形成を促した条件では見られるが,提示された文字パターンをそのまま保持させる条件では見られなかった.これらの結果から,絵的なイメージの形成によって感情情報は常に喚起されること,またそれは文字認知により生じる感情とは異なることが示唆された.

 

異質性や感情の喚起によって生起する順向健忘:提示時間の効果について

野畑友恵・箱田裕司

感情や異質さを喚起すると,その前後に提示された刺激の記憶が低下することが報告されている.本研究では,異質性や感情の喚起によって生起する逆向健忘や順向健忘について提示時間の効果を検討した.実験では15項目の刺激が逐次提示された.15項目の刺激の8番目に異質性や快・不快感情を喚起する写真刺激を挿入し,その他の項目は無意味つづりで構成した.大学生および大学院生の実験参加者は,刺激提示直後に自由再生による記憶課題を行った.3つの実験では刺激の提示時間が異なっていた.実験1では各刺激の提示時間が2秒,実験2では4秒であった.実験3では,8番目の刺激のみ1秒または6秒で提示し,それ以外の刺激は4秒で提示した.実験の結果,実験1では,感情の喚起によっても異質性の喚起によっても順向健忘がみられたが,実験2では感情の喚起によってのみ順向健忘がみられた.実験3では,不快感情が喚起された場合は8番目の刺激の提示時間が1秒の条件でも6秒条件でも順向健忘がみられたが,快感情が喚起された場合は1秒条件のみで順向健忘がみられた.逆向健忘は3つの実験すべてでみられなかった.これらの結果に基づいて,異質性や感情の喚起に起因する注意の働きの違いと健忘効果の関係について議論した.

 

文章理解における文脈制約が下位目標・上位目標・因果的前提の推論に及ぼす影響

猪原敬介・堀内 孝・楠見 孝

本研究では,スクリプトに基づいた文章において生じるオンライン推論について検討した.因果的前提の推論(例:この事故はなぜ起きたのか),上位目標の推論(例:彼はなぜそのようなことを言ったのか),下位目標の推論(例:彼女はどのようにして大金を稼いだのか)という3タイプの推論が取り上げられた.コンストラクショニスト理論(Graesser, Singer, & Trabasso, 1994)では,下位目標の推論はオフラインでしか起こらないと予測されている.本研究では,スクリプトに基づいた文章がオンライン推論を促進すると仮定され,参加者に呈示された.本研究で行われた2つの実験では,参加者は8つのストーリーを読み,行を再認項目とする再認課題を受けた.さらに実験2では,実験1の手続きに加えて再認課題への学習意図が操作された.結果は,直前の行が削除される条件において,推論タイプおよび学習意図にかかわらず,読み時間が増加した.さらに,文章中から削除されていた行が再認項目として呈示された際の正棄却時間,虚再認率が読み時間と同様のパターンで増加した.これらの結果は,コンストラクショニスト理論の予測に反し,読み手が因果的前提の推論および上位目標の推論のみならず,下位目標の推論をもオンラインで推論していることを示唆した.

 

詳細な誤情報が虚記憶に及ぼす影響:
共同想起場面で誤情報が他者によって示された場合

星野祐司・山田桃子

見ていない項目に関する詳細情報が虚再生に及ぼす影響について検討した.実験参加者は対になって6つの場面の画像を見た.半数の参加者には,残りの半数の参加者が見ていない3つの独自項目が提示された.引き続き行われた共同再生テストでは,2名の参加者が各場面に含まれていた項目を口頭で報告した.項目条件では項目の名前についての再生が参加者に求められた.詳細条件では項目の名前,色,形,場所を再生することが参加者に求められた.したがって,共同想起において独自項目を見ていない参加者は独自項目に関する誤情報を聞く可能性があった.共同想起の終了後,個別再生テストが実施され,再生項目に対してremember/know判断を求めた.項目条件における独自項目についての虚再生の頻度は詳細条件における虚再生と同程度であった.項目条件では虚再生に対するremember判断が観察されたが,詳細条件では観察されなかった.これらの結果についてソースモニタリングの観点から考察した.

 

<資料> 状況的自己知識へのアクセス可能性がネガティブ感情の制御に及ぼす影響

青林 唯

本研究では,状況的自己知識へのアクセスがネガティブ感情の制御を促進するか,2つの研究を通して検討した.状況的自己知識アクセスの指標として,研究1では自己に関連した状況産出数を用いた.その結果,多くの状況を産出できた人は,自然発生的ネガティブ感情が減衰されていた.研究2では特定の状況下での自己について判断する反応時間を状況的自己知識アクセスの指標として用いた.その結果,反応時間が速い人ほど実験的に誘導されたネガティブ感情の制御が促進されていた.以上の結果から,ネガティブ感情制御における状況的自己知識アクセスの調整効果が示された.状況的自己知識を用いたネガティブ感情制御のメカニズムについて考察した.

 

<特別寄稿> 錯視の認知心理学

北岡明佳

錯視とは,対象の真の特性とは異なる知覚のことである.伝統的に錯視と呼ばれてきたものは,高次の認知的過程にあまり影響されないので,知覚心理学の研究領域と考えられてきた.本稿では,顔の錯視について考えることで,錯視の認知心理学というものの可能性を検討する.

 

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