『認知心理学研究』第8巻 第1号

『認知心理学研究』第8巻 第1号(平成22年8月)

目次

  • 心理臨床対話におけるクライエントとカウンセラーの身体動作の関係:映像解析による予備的検討(小森 政嗣, 長岡 千賀)

  • 動作を説明する文が視覚刺激異同判断に及ぼす影響:知覚的表象はどのような言語的要素によって活性化されるのか(望月 正哉, 内藤 佳津雄)

  • 空間記憶に及ぼす眼球運動の選択的干渉および促進効果:身体運動との比較に基づいて(藤木 晶子, 菱谷 晋介)

  • 時間的不測性の反応測度への影響:プライミング効果の場合(水野 りか, 松井 孝雄)

  • <資料> 絶対音感の正確度と符号化特性:音声干渉が絶対的な音高判断に与える影響(池田 佐恵子)

  • <資料> 表情は視線注意効果に意識的気づきなしで影響するか?(徳永 智子, 宮谷 真人)

  • <資料> 長期間の高圧環境曝露が認知能力に及ぼす効果(景山 望, 箱田 裕司, 小沢 浩二)

  • <資料> 音声と映像を区別する外部情報のソースモニタリングに関する発達的研究(近藤 綾)

 

 

Abstract

心理臨床対話におけるクライエントとカウンセラーの身体動作の関係:映像解析による予備的検討

小森 政嗣, 長岡 千賀

本研究では,初回の心理臨床面接におけるクライエントとカウンセラーの対話の映像を解析し,2者の身体動作の関係を分析した.心理面接として高く評価された二つの事例(高評価群)と,高い評価が得られなかった二つの事例(低評価群)を含む,50分間のカウンセリング対話4事例の映像を分析した.加えて,高校教諭と高評価群のクライエントの間の,50分間の日常的な悩み相談2事例を分析した.すべての対話はロールプレイであった.各実験参加者の身体動作の大きさの時系列的変化を映像解析によって測定し,クライエントとカウンセラー/教諭の身体動作の時間的関係を移動相互相関分析により検討した.結果から, (1)カウンセラーの身体動作はクライエントの身体動作の約0.5秒後に起こる傾向があり,かつその傾向は50分間一貫していること,(2)この傾向は高評価群において特に顕著であること,(3)この傾向は悩み相談の2事例では確認されず,高校教師による悩み相談2事例の間で共通した傾向は認められないことが示された.

 

動作を説明する文が視覚刺激異同判断に及ぼす影響:知覚的表象はどのような言語的要素によって活性化されるのか

望月 正哉, 内藤 佳津雄

本研究では,行為文のどのような言語的要素によって知覚的表象が自動的に活性化されるのかについて視覚刺激の異同判断課題を用いて検討した.参加者は特定方向(前後方向/上下方向)への対象物の動きを説明する行為文を読んだあとに,大きさがわずかに異なった二つの視覚刺激が,もしくは異なる位置に提示された二つの視覚刺激が同じものかどうかを判断した.その結果,文で説明された動きと一致する視覚刺激(一致条件)のほうが,一致しない視覚刺激(不一致条件)よりも反応時間が有意に短いことが示された.しかし,実験1において,図形刺激が提示されたときは一致条件と不一致条件の反応時間に有意な差はみられなかった.さらに,実験2においては,一人称の文と三人称の文のどちらを読んだ場合でも,一致条件の反応時間に有意な差がみられなかった.これらの結果から,行為文を理解する際には知覚的表象が自動的に活性化されること,その表象は動詞句に含まれる対象物とその動きに関する情報によって活性化されることが示唆された.

 

空間記憶に及ぼす眼球運動の選択的干渉および促進効果:身体運動との比較に基づいて

藤木 晶子, 菱谷 晋介

本研究では,視覚的に符号化された空間情報が,眼球運動と身体運動の両方によってリハーサルされているのか,それとも眼球運動のみによってリハーサルされているのかという問題を検討した.実験1では,眼球運動のみが空間記憶を干渉し,身体運動は視覚的に符号化された空間記憶を干渉しなかった.実験2では,実験参加者が保持期間中,眼球もしくは身体を使って記憶すべき刺激の動きに対応した運動を行った場合に生じる促進効果を検討した.その結果,刺激に対応した眼球運動を行った場合においてのみ促進効果が生じた.これら二つの実験結果から,視覚的に符号化された空間情報のリハーサルには,身体運動は関与しておらず,眼球運動が関与していることが示唆された.

 

時間的不測性の反応測度への影響:プライミング効果の場合

水野 りか, 松井 孝雄

先行研究で,2刺激を比較的短いISIやSOAで呈示する実験では,ブロック内配置を用いるとISIやSOAが短いほど刺激呈示の時間的不測性が高いという偏りが生じること,それが種々の反応測度に影響することが示された.本研究は,活性化拡散理論と矛盾した結果が得られたプライミング実験の結果もこの影響のために生じたものであったことを検証することを目的とした.SOAを実験1ではブロック内配置,実験2ではブロック間配置し,各々の実験で時間的不測性を反映する単純反応時間を測定した後,語彙判断時間を測定した.その結果,ブロック内配置ではSOAが短いほど単純反応時間が長く時間的不測性が高いことが示されるとともにプライミング効果のSOAに伴う変化が活性化拡散理論と矛盾していたが,ブロック間配置では単純反応時間がSOA間で等しく時間的不測性に偏りがないことが示されるとともにプライミング効果の変化が活性化拡散理論に一致していた.最後に,時間的不測性を考慮する必要性が論じられた.

 

<資料> 絶対音感の正確度と符号化特性:音声干渉が絶対的な音高判断に与える影響

池田 佐恵子

絶対音感は,外的な基準枠を与える音なしに音楽的音高を同定または産出できる能力と定義される.本研究は,絶対音感に関する二つのことを問題にした.一つは絶対音感保有者の音高の符号化方法であり,もう一つは絶対音感の正確度と符号化方法の関係である.実験では,音楽的音高を音声で発声させた刺激を使って絶対的な音高の知覚を干渉し,干渉された量を測ることで音声的符号化の程度を絶対音感水準別に調べた.その結果,音声に干渉されると,不正確な絶対音感保有者の判断の正確さは非保有者と同程度になった.一方,正確な絶対音感保有者は,音声干渉の影響を受けるものの,非保有者と同定度にはならなかった.このことは,不正確な絶対音感保有者が絶対的な音高の処理の基盤として音声的な符号化を主要な手段としているのに対し,正確な絶対音感保有者はその他の手がかりによる判断も行うことができることを示唆する.

 

<資料> 表情は視線注意効果に意識的気づきなしで影響するか?

徳永 智子, 宮谷 真人

他者の視線の方向へと注意が捕捉される効果は,手がかりが閾下呈示された場合にも生じることが報告されている.また,視線注意効果が恐怖表情によって影響を受けることも知られている.本研究は,表情による視線注意効果への影響が,刺激に対する意識的気づきがない場合でも生じるかどうかを検討した.視線を手がかりに用いた空間的手がかり課題において,恐怖表情と中性表情の視線を17 msという短時間呈示することで,刺激に対する意識的気づきを操作し,注意効果が生じるかどうかを調べた.実験1では,恐怖表情と中性表情で同程度の視線注意効果が生じ,表情の効果はなかった.これは用いたマスク刺激が参加者に,顔が呈示されているという構えを生じさせたためであったと考え,刺激を変えて実験2を行った.その結果,恐怖表情と中性表情とで視線による注意効果は異なり,視線による注意効果への表情の影響は,意識的気づきを必要としない自動的な過程によって生じることが示された.

 

<資料> 長期間の高圧環境曝露が認知能力に及ぼす効果

景山 望, 箱田 裕司, 小沢 浩二

本研究において, 長期間の高圧環境滞在時に付随する心理的要因 (社会的隔離) と物理的要因 (高圧環境曝露) と認知能力との関係について, 水深 440 m 飽和潜水訓練時のストループ干渉と 2 種類の心理的ストレス質問紙の変動によって検討した.ストループ干渉は環境圧が最大時に最も高くなった.しかし,環境圧が減少するにつれて,ストループ干渉も減少し,訓練終了時には訓練開始前の値に戻った.一方で,訓練期間中の心理的ストレスについては,高圧曝露による顕著な悪化や変動はなく,長期間の閉鎖隔離による影響もなかった.本研究を通じて,高圧環境下における認知能力を規定する要因は,高圧曝露や長期間隔離による不安や抑うつなどの心理的要因ではなく,環境圧の大きさといった物理的要因であることが示された.

 

 

<資料> 音声と映像を区別する外部情報のソースモニタリングに関する発達的研究

近藤 綾

本研究では,提示形態が音声か映像かの区別に関する幼児期の外部情報のソースモニタリングの正確さを発達的に検討した.学習場面では,音声と映像(音声を含む)を用いて参加児に単語を提示した.すなわち,音声か映像の一方で男性が単語を言い,もう一方で女性が単語を言う場面を提示した.また,単語は音声のみ,映像のみの提示に加えて,音声と映像で1度ずつ提示する二つの情報源に由来する重複情報も含めた.学習後,単語ごとに再認テストとソースモニタリングテストを行った.ソースモニタリングテストでは,四つの情報源(音声,映像,両方,ない)について選択形式で尋ねた.その結果,4歳児と5歳児と比較して 6歳児はソースモニタリングが正確であった.また,年齢により音声と映像の判断に違いが示された.そして,幼児は重複情報(両方)の判断が最も困難であった.以上の結果から,幼児期のソースモニタリング能力の発達的変化と重複情報の特性が明らかになった.

 

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