『認知心理学研究』第10巻 第1号

『認知心理学研究』第10巻 第1号(平成24年8月)

目次

  • 口頭説明の伝わりやすさの検討:説明者の経験と説明者-被説明者間のやりとりに着目して(佐藤 浩一, 中里 拓也)
  • 中学校時代の教師に関する自伝的記憶:日常的な出来事に対する自伝的推論の検討(佐藤 浩一, 清水 寛之)
  • 英語中央埋め込み文の処理における句境界認知過程(新国 佳祐)
  • 自己選択時の比較過程による記憶促進効果(伊藤 真利子, 綾部 早穂, 菊地 正)
  • 実在および架空のブランド名を用いたリベレーション効果の比較(三浦 大志, 伊東 裕司)
  • 手の大きさイメージの正確性と身体との関連(五十嵐 由夏, 市原 茂, 和氣 洋美)
  • 購買に関する自伝的記憶の特性:
    若齢者と高齢者における時間的分布とポジティブ優位性効果に関連して(秋山 学, 清水 寛之)
  • インフォームド・コンセント口頭説明場面における医師の説明表現および態度が患者に与える影響:
    一般市民を対象としたビデオ視聴による調査(野呂 幾久子, 邑本 俊亮, 山岡 章浩)
  • <資料>画像優位性効果における概念的示差性仮説の検討(浅野 昭祐, 兵藤 宗吉)
  • <資料>嗅覚刺激による自伝的記憶の無意図的想起:匂いの同定率・感情価・接触頻度の影響(中島 早苗, 分部 利紘, 今井 久登)
  • <会報>
    日本認知心理学会第6回総会報告

    日本認知心理学会 会則
    日本認知心理学会 選挙細則
    「認知心理学研究」 編集規程
    「認知心理学研究」 執筆・投稿規程
    「認知心理学研究」 審査手順規程
    「認知心理学研究」 投稿倫理規程

 

Abstract

口頭説明の伝わりやすさの検討:
説明者の経験と説明者-被説明者間のやりとりに着目して

佐藤 浩一,中里 拓也

本研究では口頭説明の場面を設定し,被説明者(聞き手)が自由に質問や確認をできるという状況のもとで,説明者は実験者から提示された幾何学図形の形状を口頭で被説明者に伝え,被説明者はその説明に基づいて図形を描いた.説明者(話し手)の説明経験(現職教員,教育実習経験済みの大学4年生,教育実習未経験の大学1年生)により説明の伝わりやすさが変わるか,正しく伝わった説明とそうでない説明にはどのような違いがあるかを検討した.その結果,多くの説明経験を有する説明者のほうが適切な説明をし,被説明者は正しく描画ができた.正しく伝わった説明ではそうでない説明に比べると,説明者による描画指示,メタ説明,状況確認が多く,被説明者による自己状況報告,「はい」が多かった.教員は大学生に比べると,メタ説明を多用した.口頭説明における説明者と被説明者の発話の機能が論じられた.

 

中学校時代の教師に関する自伝的記憶:
日常的な出来事に対する自伝的推論の検討

佐藤 浩一,清水 寛之

本研究の目的は,自伝的推論に関連して,長期にわたる保持期間を伴う記憶の特性を明らかにすることである.大学生315名,現職教員166名,高齢者160名のあわせて641名の調査協力者に対して,中学時代の教師とのコミュニケーションに関連する記憶を想起させ,自伝的推論ならびに記憶特性を問う45項目(記憶特性質問紙MCQの38項目を含む)への評定を求めた.教職志望の強い大学生は,その出来事と現在の自己を結びつけたり,その経験を参照点としてとらえたりする自伝的推論を活発に行い,そうした記憶を鮮明で詳細に想起していた.また世代が上の人のほうが自伝的推論が活発であり,かつ出来事をより鮮明に想起していた.肯定的な出来事は否的的な出来事よりも,活発な自伝的推論を引き起こしていた.これらの結果は自伝的推論における加齢および感情の側面と関連づけて議論された.日常的な出来事に対する自伝的推論を検討することの意義が論じられた.

 

英語中央埋め込み文の処理における句境界認知過程

新国 佳祐

読み能力の低い読み手は,熟達した読み手と比較して,文中の句境界の適切な認知が困難であることが指摘されている.本研究では,読み能力の十分でない読み手にとって,句境界認知が困難となる原因として,文構造を推測するための方略の不適応を取り上げて検討した.実験では,日本人大学生40名に対して,英語の2種の中央埋め込み文(OR文,SR文)および非中央埋め込み文(C文)を,参加者の半数には句境界の手がかりを明示して,半数には明示せずに呈示した.実験の結果,文構造推測のための方略が不適応となるOR文においては,句境界に関する手がかりの明示によって文の処理速度および処理の精確性が向上した一方で,方略が適応的に機能するSR文,C文ではそのような手がかりの文処理への影響は確認されなかった.このような結果から,文構造を推測するための方略の不適応が句境界認知の困難性を引き起こす原因の一つとなっており,結果として文処理全体が困難となる可能性が示唆された.

 

自己選択時の比較過程による記憶促進効果

伊藤 真利子,綾部 早穂,菊地 正

記銘項目が実験者によって割り当てられる場合よりも,実験参加者自身により選択される場合のほうが記憶保持は優れる(自己選択効果).本研究は,選択時における選択項目と非選択項目の両方を短期記憶に保持する過程が後の再生を促進するために必要十分であるのか,それとも短期記憶保持された選択肢間を比較する過程が必要であるかを検討した.実験1では,選択段階で選択項目のみを短期記憶に保持する強制選択条件,選択項目と非選択項目を保持する遅延選択条件,保持された選択肢間での比較を行う比較選択条件と自己選択条件を設けた.選択項目の再生率は前の2条件間では差がなかったが,後の2条件は前の2条件よりも有意に高かった.よって,選択時に短期記憶に保持された選択肢を互いに比較する過程が再生の促進に重要である可能性が示唆された.実験2では,意味的な基準での比較と非意味的な基準での比較による再生成績の違いが認められなかったことから,実験1の比較選択条件での再生の促進が意味処理のみで説明される可能性は低いと考えられた.

 

実在および架空のブランド名を用いたリベレーション効果の比較

三浦 大志,伊東 裕司

リベレーション効果は,認知課題に取り組んだ直後に再認判断を行うと,その「old」判断率が上昇するという効果である.本実験ではブランド名を刺激に用い,20名の実験参加者に,中学時代にどれくらいそのブランドを知っていたかを判断してもらった.半数の試行では,ブランドの判断の直前にアナグラム課題が挿入された.その結果,架空ブランドの判断では,アナグラム課題が挿入されたときのほうがそうでないときより,ブランドを知っていたと答える割合(フォルスアラーム)が高いというリベレーション効果が見られた.一方実験参加者の中学時代に実在したブランドの判断では,リベレーション効果は見られなかった.架空ブランドを意識的に想起することは難しいので,本研究の結果は,回想プロセスより熟知性プロセスを利用した際によりリベレーション効果が生じやすいということを示唆している.また架空ブランドで最も大きなリベレーション効果が見られたことは,本効果が時間判断より既知判断において生じることを示唆している.

 

手の大きさイメージの正確性と身体との関連

五十嵐 由夏,市原 茂,和氣 洋美

本研究では,自分の身体部位(手)の大きさがディスプレイ上でどの程度正確に評価され,その評価に私たちの身体情報がどのようにかかわるかを検討した.実験参加者の課題は,ディスプレイ面上の2本の水平線間の幅を,イメージした自分の手や物の大きさに合うようにフットペダルを用いて調整することであった.実験1では,手を置く位置や形,部位を変えることによって手の大きさ評価に違いが見られるかを検討した.その結果,手の形や位置にかかわらず,手の横幅は比較的正確に評価される一方で,手の長さは過大に評価される結果となった.実験2では,ディスプレイの設置距離を手前から奥にランダムに変えたうえで,異なる3種類のオブジェクトと手の大きさについて評価を求めた.オブジェクトごとに評価の縮尺率を求めたところ,特に手のイメージは距離の影響を強く受け,自分の腕の長さより遠くでイメージを行わなければならない条件では有意に過小評価されることが明らかとなった.この結果は,身体の大きさ概念が日常生活のさまざまな場面・動作で経験する身体の広がりの平均に基づくものであり,短期的な身体情報の変化よりも長期的な身体経験によって調整されるものであることを示唆する.

 

購買に関する自伝的記憶の特性:
若齢者と高齢者における時間的分布とポジティブ優位性効果に関連して

秋山  学,清水 寛之

本研究は,若齢者および高齢者における購買に関する自伝的記憶の特性を,記憶特性質問紙(MCQ)の質問項目を含む質問紙を用いて検討した.調査参加者はそれぞれの自伝的記憶のなかから購買に関するもっとも深く記憶に残っている印象的な出来事を一つ選んだ.そうした出来事の記憶特性は,主として調査参加者の年齢や保持期間の長さに関連して検討された.若齢者として大学生394名(18~27歳),高齢者として高齢者大学の学生207名(55~87歳)による質問紙データが分析された.その結果,もっとも深く印象に残っている購買の記憶は,若齢者では最近の数年以内に起きた出来事が多く想起された.高齢者は必ずしもレミニセンス・バンプ(10~30歳の頃に経験した出来事が想起されやすいという現象)を示すわけではないことが示された.さらに,ポジティブであると認識される出来事は若齢者でも高齢者でもより多く想起された.したがって,高齢者におけるポジティブ優位性効果は認められなかった.このような調査結果は,Conway (2005)による自己記憶システム理論およびCarstensen (2006)による社会情動的選択性理論との関連において解釈された.

 

インフォームド・コンセント口頭説明場面における医師の説明表現および態度が患者に与える影響:
一般市民を対象としたビデオ視聴による調査

野呂 幾久子,邑本 俊亮,山岡 章浩

本研究は,IC口頭説明場面における患者の理解,情緒,意思決定に,医師の説明表現のわかりやすさと態度のあたたかさがどのような影響を与えるのかを明らかにすることを目的に行った.その中で年齢との関連についても検討した.髄液検査のIC口頭説明場面について,説明表現2種類(わかりにくい/わかりやすい),態度2種類(冷たい/あたたかい)を組み合わせ,4種類のビデオを作成した.そのいずれか一つを642名の健康な協力者(若年層237名,中年層200名,高年層205名)に見せ,理解度や評価を調べた.その結果,1)患者の情緒は医師の態度から影響を受け,態度があたたかいと評価が上昇するが,説明表現からも影響を受けており,説明表現がわかりやすいと安心感や満足度が高まった,2)患者の理解は医師の説明表現のわかりやすさによって影響を受けるが,態度も関係しており,説明表現がわかりにくいうえに態度が冷たいと理解度が低下した,3)意思決定に及ぼす説明表現や態度の影響は患者の年齢層によって異なり,若年層は説明表現のわかりやすさが,中高年層では態度のあたたかさがより大きな影響を与えていた,4)年齢による差は理解や情緒にも見られ,若年層は説明表現に,中高年層は態度により大きな影響を受ける傾向が見られた,などの結果を報告した.ここから,ICにおける医師の口頭説明には,説明表現のわかりやすさと態度のあたたかさがともに重要であると考えられた.

 

<資料> 画像優位性効果における概念的示差性仮説の検討

浅野 昭祐,兵藤 宗吉

Hamilton & Geraci (2006)は,画像が持つ意味的な特徴よりむしろ,画像における概念的示差性のある特徴を処理することによって,画像優位性効果(PSE)が生起すると主張している(概念的示差性仮説). しかしながら,画像処理に利用される特徴に対して符号化課題が影響するのか否か,そして概念的示差仮説が顕在記憶におけるPSEにも適用可能なのか否かは明らかにされていなかった.そこで,筆者らは符号化課題,刺激形態,ならびに検索手がかり,検索意図を操作することによって,これらの問題に関して検討を行った.実験参加者は,画像または単語を,命名(実験1)もしくはカテゴリ分類(実験2)することにより学習した.そして,テスト課題として,意味的または概念的示差性のある検索手がかりが与えられる潜在記憶課題および顕在記憶課題に従事した.実験1の潜在記憶課題においては,概念的示差性のある検索手がかりが与えられた場合にのみPSEが生起したが,顕在記憶課題においては検索手がかりにかかわらずPSEが生起した.一方,実験2においては,いずれの条件においてもPSEは生起しなかった.本研究の結果,画像における概念的示差性情報が利用されるか否かは,符号化課題の性質とテスト時の検索意図に依存することが示唆された.

 

<資料>嗅覚刺激による自伝的記憶の無意図的想起:匂いの同定率・感情価・接触頻度の影響

中島 早苗,分部 利紘,今井 久登

本研究では匂いの同定しやすさ(同定率),快・不快(感情価),日頃嗅ぐ頻度(接触頻度)が匂いからの無意図的想起の生起要因となるかを検討した.74名の参加者にさまざまな匂いを提示して,SD評定を求めた.その後,評定中に自伝的記憶を意図せずに想起したかを尋ねた.その結果,接触頻度の高い匂いほど無意図的想起が生じやすかった.しかし同定率や感情価は無意図的想起の有無と関連がなかった.この結果は,匂いからの無意図的想起では言語表象を介した活性化が生じないこと,無意図的想起は手がかりの種類によって想起過程が異なることを示唆する.

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