『認知心理学研究』第9巻 第1号(平成23年8月)
目次
避難情報の表現が危険認知に与える影響(田中 孝治, 加藤 隆)
カテゴリの定義規則がカテゴリカル知覚の生起に及ぼす影響(末神 翔, 道又 爾)
パソコンを用いた新ストループ・逆ストループテストの作成および実施効果(宋 永寧, 箱田 裕司)
空間記憶に及ぼす身体運動による選択的干渉および促進効果:眼球運動との比較に基づいて(藤木 晶子, 菱谷 晋介)
表情認知と人物認知の非対称的関係に与える倒立効果およびネガ効果(小松 佐穂子, 箱田 裕司)
想像空間の方向判断時間に対して登場人物の身体感覚イメージが与える効果(塚本 瑠奈)
空間スキルの個人差と空間メンタルモデル(杉本 匡史, 楠見 孝)
<資料> 懐かしさ感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響:反応時間を指標として(瀧川 真也, 仲 真紀子)
Abstract
避難情報の表現が危険認知に与える影響
田中 孝治, 加藤 隆
危険が迫っているにもかかわらず,住民がそのことを軽視し,避難情報を無視しがちであることが先行研究で報告されている.本研究では,避難情報の表現方法が危険認知に与える影響について三つの実験を行った.実験1a・1bでは,“事態の重大性”と“状況の切迫感”を表す語に,それらを強調する副詞を加えることの効果について検討を加えた.その結果,聞き慣れない副詞が使用された場合に,避難の必要性がより効果的に強調されることが示された.実験2では,避難情報の格上げが明示された場合に,住民がより避難の必要性を感じることが示された.これらの結果は,何か尋常ならざることが起きつつあるとの印象を与えるように,避難情報を慎重に考案することが重要であることを示している.
カテゴリの定義規則がカテゴリカル知覚の生起に及ぼす影響
末神 翔, 道又 爾
物理的に等差でも,異なるカテゴリに属する刺激同士は,同じカテゴリに属する刺激同士よりも弁別しやすいというカテゴリカル知覚は,学習した新奇カテゴリでも生じる (e.g.,Ozgen & Davies,2002).一方,カテゴリには言語化可能な規則で定義される Rule-Based (RB) カテゴリと,言語化不可能な規則で定義される Information-Integration (II) カテゴリの2種類がある (Ashby,Alfonso-Reese,Turken,& Waldron,1998).本研究は,RBカテゴリまたはIIカテゴリの学習がカテゴリカル知覚を生じさせるか検討した.実験ではまず,大きさと明るさの各特徴次元が変化する正方形刺激に対し,RBカテゴリまたはIIカテゴリを学習した.続いて同じ正方形刺激に対する弁別課題を行った.カテゴリ学習課題を行わずに弁別課題のみを行う統制群も設けた.弁別課題の結果,RBカテゴリ学習群では,異なるカテゴリに属する刺激同士は,同じカテゴリに属する刺激同士より弁別課題の正答率が高かった.しかしIIカテゴリ学習群ではこのような差はみられず,RBカテゴリ学習でのみカテゴリカル知覚が生じることが示唆された.
パソコンを用いた新ストループ・逆ストループテストの作成および実施効果
宋 永寧, 箱田 裕司
本研究では,パソコンを用いた新ストループ・逆ストループテストを作成し,パソコンベースのテストの妥当性,信頼性と練習効果およびテストの順序効果について検討した.実験1では,ストループ干渉・逆ストループ干渉について,パソコンベースのテストおよび紙ベースのテストの実施効果を比較した.その結果,紙ベースのテストと同様に,パソコンベースのテストを用いた場合においても,ストループ干渉と逆ストループ干渉が観察された.実験2では,パソコンベースのテストを用いて,3回のテストを行った.その結果,3回のテスト間の再テスト信頼性が高く,反復実施によるテストの練習効果が有意であったが,課題順序は成績に影響しないことが示された.
空間記憶に及ぼす身体運動による選択的干渉および促進効果:眼球運動との比較に基づいて
藤木 晶子, 菱谷 晋介
藤木・菱谷(2010)では,視覚によって符号化された空間情報のリハーサルに対し,眼球運動のみが関与し,身体運動は関与していないという研究成果を提出している.しかし,身体感覚によって符号化された空間情報のリハーサルに対し,身体運動と眼球運動の両方が関与しているのか,それとも身体運動が選択的に関与しているのかという問題については不明である.そこで,本研究は,手指の移動方向を記憶する課題を用い,この問題を検討する実験を二つ行った.その結果,実験1では,身体感覚によって符号化された空間記憶に対しては,身体運動のみが干渉し,眼球運動は干渉しなかった.実験2では,10秒後に再認する場合,身体運動リハーサルを行った場合においてのみ促進効果が生じた.こうした実験結果から,身体感覚によって符号化された空間情報のリハーサルには,眼球運動は関与しておらず,身体運動のみが関与していることが示唆された.
表情認知と人物認知の非対称的関係に与える倒立効果およびネガ効果
小松 佐穂子, 箱田 裕司
本研究は,選択的注意課題(Garnerパラダイム)を用いて,表情認知と人物認知の非対称的関係(人物情報が表情認知に及ぼす影響)について検討することを目的とした.実験1では,参加者32名に対し,判断に無関係な情報を統制あるいは変化させた条件で,表情判断および人物判断を行った.その際に,顔画像を倒立呈示して,顔の全体的情報処理を困難にした.実験2では,参加者32名に対し,実験1と同じ手続きで実験を行った.その際に,顔画像のネガ呈示を行って,顔の表面的情報処理を困難にした.実験1および2ともに,先行研究で見られていた表情判断への人物情報の影響が消失した.したがって,表情判断に人物情報が及ぼす影響は,全体的情報と表面的情報を処理する段階で見られることが明らかとなった.
想像空間の方向判断時間に対して登場人物の身体感覚イメージが与える効果
塚本 瑠奈
二つの実験によって,筋緊張の身体感覚イメージが想像空間内の方向判断時間に影響するかどうかが検討された.参加者に呈示された物語において,その想像空間内の登場人物が4種類の姿勢をとった:(a)両脚で正立している,(b)両腕でぶら下がる,(c)両腕をつき逆立ちをする,そして(d)両脚を掛けて逆様にぶら下がるである.姿勢(b)と(c)において腕や抗重力筋など通常とは異なる緊張のイメージ喚起が期待される.実験1の参加者は想像空間内の登場人物に対する外的視点を取るように要求された.実験2では参加者は,想像空間内の登場人物と彼ら自身を同一視することによって,内的視点をとるように要求された.想像された登場人物身体の指示された方向に存在するとされた物体の名称を問う質問に回答するまでの反応時間が測定された.実験1では姿勢(正立あるいは倒立)および方向の主効果と,緊張×姿勢×方向の交互作用が有意だった.他方実験2では,方向以外の効果は何も示されなかった.これらの結果に基づいて,想像空間における身体感覚イメージと視点の機能的関係が議論された.
空間スキルの個人差と空間メンタルモデル
杉本 匡史, 楠見 孝
ヒトは空間について書かれた文章を読んで空間表象を構築することができる.そしてそれを用いて方向判断や経路選択などの空間関係を推論することができる.その際に,サーベイパースペクティブとルートパースペクティブという二つのパースペクティブが用いられる(AはBの北にある.Bを左に曲がるとAが見える).40名の大学生がどちらかのパースペクティブで書かれた空間記述を読んで,そのあとに各パースペクティブでの推論問題に回答した.二つの実験で参加者の心的回転スキル,パースペクティブ判断スキル,実空間での探索行動における有能感が測定された.結果として,学習時とテスト時のパースペクティブによって推論問題の回答時間が異なった.また心的回転スキルとサーベイパースペクティブでの推論問題の成績との間に有意な相関がみられた.パースペクティブ判断課題とルートパースペクティブでの推論問題の成績との間にも正の相関がみられたものの,有意にはならなかった.実験の結果,サーベイパースペクティブは空間視覚化能力に支えられているといえる.
<資料> 懐かしさ感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響:反応時間を指標として
瀧川 真也, 仲 真紀子
本研究の目的は,音楽により喚起される懐かしさ感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響を検討することであった.参加者は大学生57名であり,小学校高学年時と中学校時の記憶,および小学校高学年時に聴いていた音楽の記述を求めた.1カ月後,参加者に,画面に提示されたエピソードが参加者の小学校と中学校のどちらの記憶かを判断させ,その反応時間を測定した.反応時間を懐かしさあり音楽条件,懐かしさなし音楽条件,音楽なし条件の3条件で比較検討した.その結果,懐かしさを感じた時は,懐かしさを感じさせる時期の自伝的記憶のみが想起されやすくなることが明らかになった.また,小学校高学年の時に聞いた音楽に対し,より懐かしさが喚起されると,中学校の記憶に対する誤反応が増加することが示された.