第20回日本認知心理学会優秀発表賞

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日本認知心理学会優秀発表賞

第20回日本認知心理学会優秀発表賞の選考結果のお知らせ

 日本認知心理学会優秀発表賞規程に基づき,選考委員会において慎重な審議を重ねた結果,発表総数件の中から,以下の8件の発表に優秀発表賞を授与することに決定しました.受賞者には第21回大会にて授与を行います.

2023年6月7日

※下記受賞者の所属表記はすべて,発表当時のものとなります.現在の所属と異なる場合もあります.ご了承いただけますと幸いです.
※お名前表記に*がある方は2023年5月15日時点での非会員です.次回大会時に予定されている授与式までに入会された場合には発表賞授与の対象となります.

新規性評価部門

受賞者(所属)

晴木祐助1,2,3,*鈴木啓介2,小川健二1,2(1.北海道大学心理学研究室,2.北海道大学人間知・脳・AI研究教育センター,3.日本学術振興会)

発表題目

内受容感覚の感覚信号精度が視知覚の主観的確信度を変容させる

発表要旨

人々の知覚経験には主観的な確信度が伴うが,この確信度判断は知覚の正確さのみに依存しないことが示されている.本研究では特に,身体内部の感覚情報,すなわち内受容感覚が視知覚の確信度判断に影響するという仮説のもと,内受容感覚の感覚信号精度(相対的な重要性)を操作したうえで視知覚の正確さと確信度判断を測定した.参加者はモーションドットの運動方向弁別とその確信度報告を計72試行行い,各試行前にはモーションドットとは無関係な内受容感覚(心拍)または外受容感覚(電子音)に注意を向けるよう求められた.その結果,内受容感覚の相対精度を高める心拍注意後の試行では,運動方向弁別に関わる主観的な確信度判断が,電子音注意後と比べてより保守的になることが明らかになった.一方で運動弁別の正確さに条件間差は見られなかった.これらのことから,外界の知覚経験に伴う確信度判断は,知覚対象の刺激の他に身体内部の情報が参照されたうえで行われると考えられる.

選考理由

本研究では,身体の内部状態への注意が,知覚課題を行う際のパフォーマンスと確信度を修飾し得るのかを検証したものである.方向弁別課題の直前に課題とは無関係に心拍への注意を促すという操作を行った所,確信度評定に変化が生じ,評定がより保守的になるという結果を得ている.本研究は,身体外刺激への注意と比較して自己身体の内部感覚への注意がパフォーマンスに依存せずに変化し得ることを示した貴重な研究であり,意思決定プロセスにおける身体内部感覚の関与について新しい方向性を示すものであると考える.また実験手法もシンプルでありながら複数のパラメータ分析を組み合わせて確信度への影響をより直接的に検討することを可能にしている.これらの理由により本研究は新規性評価部門の優秀賞に十分値するものと判断した.


受賞者(所属)

品川和志1,2,石川直樹1,2,*平山絢菜1,梅田聡1(1.慶應義塾大学,2.日本学術振興会)

発表題目

不安傾向者に特異的な信念更新過程の探索的検討

発表要旨

曖昧さ不耐性(IU)は,不確実な状況に対する,知覚や反応バイアスと定義され,不安傾向との関連が指摘されている.本研究では,ビーズが提示されるたび,ビーズの色が異なる割合で入った2つのビンのうち,どちらから取り出されているかを推論する,ビーズ課題を使用し,上記の傾向間での信念更新過程の差異を探索した.ある時点でのビンに対する確信度は,ひとつ前の時点での確信度に,現在提示されているビーズの情報を足し合わせて得られると仮定するモデルを使用した(Baker et al., 2019).IU傾向が高い個人においては,新規情報の過小評価がみられる一方で,特性不安についてはこのような傾向は見られなかった.IU傾向が高い個人において決断が遅れる要因として,状況に対する曖昧さの閾値が低いことが考えられていたが,証拠に対する過小評価による,信念更新の遅れの影響である可能性が示唆された.

選考理由

本研究は,徐々に情報が蓄積されるような意思決定状況を実験的に設定し,曖昧さ不耐性が高い個人において,新しく得られた情報の過小評価によって既有信念の更新遅れが,不安傾向とは独立に生じていることを示したものである.曖昧さ不耐性はうつ病や不安症などの中核症状の一つであるが,信念に一致しない新規な情報の過小評価がそれらの疾患でも生じている可能性,ひいては曖昧さ不耐性の個人差が治療反応性の個人差にも関連している可能性があることを本研究は示唆している.曖昧さ不耐性と信念更新に関するモデルは近年提案されたものであり,それを不安といった個人特性に適用したこと,比較的近い概念である不安と曖昧さ不耐性の違いに焦点をあてたこと,様々な研究への展開可能性を示したことから,新規性評価部門の優秀賞に値する研究であると判断した.


受賞者(所属)

市村風花,河原純一郎(北海道大学)

発表題目

マスク顔の魅力報酬性を検証する

発表要旨

COVID-19流行に伴う衛生マスクの普及は,マスク装着顔の研究を推進した.マスクの装着によって顔の魅力は高まると予測するモデル(増幅モデルOrghian & Hidalgo, 2020)と,これに反する平準化モデル(Miyazaki & Kawahara, 2016)がある.本研究は自由選択課題を用いてこれらのモデルを検証した.参加者は,伏せた顔写真カード二山から一方を選び1枚ずつめくった.実験1では高魅力の素顔男性写真のみを含む山と,同マスク装着顔男性のみを含む山を設けた.もしマスク装着が顔魅力を高めるならば,マスク装着顔のみの山が選択的にめくられると予測される.実験の結果,増幅モデルには反して,女性参加者は素顔の山を選択しやすかった.一方,男性参加者はそうした傾向を示さなかった.実験2では高魅力の素顔女性顔カードと同マスク装着顔カードの二山を設けたところ,実験1に一致して男性参加者のみが素顔の山を選択した.これらの結果はマスク装着による増幅モデルよりも平準化モデルを支持した.

選考理由

本研究はマスク装着時の顔魅力の変容について,顔魅力が一様に高まる増幅モデル,顔魅力が平均される平準化モデルのいずれが説明モデルとして妥当かを検討したものである.実験において,参加者は個々の顔写真について魅力判断を課すのではなく,伏せた顔写真カード二山(素顔写真あるいはマスク顔写真)のうち一方を選択して観察するというシンプルで独自性の高い課題を用いてモデル検証を行った点は高く評価された.得られた結果から平準化モデルが支持され,非常に関心が高いテーマに関して重要な貢献を果たしたことから,新規性評価部門における優秀賞にふさわしいと判断された.


技術性評価部門

受賞者(所属)

佐々木浩亮,福井隆雄(東京都立大学大学院システムデザイン研究科)

発表題目

VR 空間における視覚的に誘発される触知覚による掌表面温度変化

発表要旨

本実験では,自身の手腕をVR空間上の手腕モデルに合わせ,接近物体が手腕モデルに接触した際に減速することで生じる触知覚を検討した.特に,接触物体の色の影響を検討するために,参加者62名(女性30名)に対して,暖色,寒色,灰色の3条件を設定し,触知覚強度に関する主観的報告とともに,掌表面温度を計測し,男女差についても注目した.その結果,主観的評価値については暖色,灰色が寒色より有意に高い値を示したのに対して,掌表面温度については,触知覚経験後の有意な温度上昇は認められたものの,接触物体色による有意差は認められず,主観的な感じ方は生理的反応と一致しなかった.触知覚経験後の掌表面温度の上昇については,女性の方が男性よりも有意に大きかった.今後,(1) 色要素(色相,輝度,彩度)のうち何がもっとも触知覚に影響しているか,(2) 今回発見した触知覚経験後の有意な温度上昇についてなぜ男女差が認められたかについて,詳細に検討していく.

選考理由

本研究では実験装置としてヘッドマウントディスプレイを用い,自己の身体を模した映像を提示しながら,外界の物体の色を変化させている.従属変数としては,心理学実験ではお馴染みの評定値に加えて,サーモグラフィカメラによって皮膚温度を測定している.このように本研究は,近年普及した精密機器を,研究目的に沿って柔軟に導入した意欲的なクロスモーダル心理学実験である.さらに実験参加者数は過去の類似研究と比較して多めであり,性差についても検討している.得られた結果の解釈はもう少し深める点があるようにも感じられるが,手堅く統制された実験を行い,一定の結論を導いたという点で優秀発表賞(技術性評価部門)にふさわしいと判断した.


社会的貢献度評価部門

受賞者(所属)

神原歩,満石寿,原田佑規(京都先端科学大学)

発表題目

親しい人の存在はオンライン上でもストレスを低減するのか:オンラインと直接会うことの比較

発表要旨

パンデミック下の影響で,親しい人と画面越しに時間を過ごす人が増えた.本研究は,親密な他者と画面越しに会うことが,実際に会うことと同様の身体的・心理的効果をもたらすのかについて検討した.実験参加者は22組の友人ペアであり,独り群(個室に1人),対面群(友人と同じ個室),画面越し群(画面越しに友人が居るが個室に1人)の3群に割り振られた.参加者は個室でストレス課題が与えられ,課題前,課題中,課題後の3時点の心理指標(肯定的感情,覚醒度)と身体指標(血圧,心拍)が測定された.その結果,課題後の身体指標に群間の差が認められ,画面越し群と対面群は,独り群に比べてストレス後の回復が早かった.一方,心理指標には群間の差は認められなかった.従って,親密な他者の存在の効果は,画面越しと対面の両方で認められることが判明した.そして,その効果は認知的プロセスを経ずに身体に直接影響を与えている可能性が示された.

選考理由

親しい他者が近くにいるだけでストレスが低減されることは明らかにされているが,本研究は,オンライン上でも,親しい他者の存在が同様の効果を及ぼすのか検証することを目的とした.親しい友人とペアになり,対面条件とオンライン条件で高ストレス課題を行った結果,ペアの相手がいない独り条件に比べて,いずれの条件ともに心拍HF成分が高く,DBP(拡張期血圧)が低くなることが示された.つまり,オンライン上でも対面時と同じように,親しい他者の存在が心臓血管系ストレス反応を低減した.
コロナ禍を経て,他者とオンラインで交流する機会は格段に増えている.本研究は,遠方の家族や友人との交流をより豊かなものにするための新たなオンラインシステム開発などの基盤となる成果であり,社会貢献度評価部門における優秀賞にふさわしいと判断した.


発表力評価部門

受賞者(所属)

田中拓海1,*今水寛1,2(1.東京大学,2.ATR認知機構研究所)

発表題目

運動の内部モデル獲得に伴う主体感の形成過程

発表要旨

主体感とは,自身の運動を通して外界の対象を制御しているという感覚である.代表的な理論(比較器モデル)では,運動から予測された結果と実際の結果が一致する場合,主体感が生じるとされている.しかし,未経験の運動に対しては結果の予測が困難である.本研究では,新規運動学習の過程において,どのように主体感が発生するかを検討した.実験参加者は,手指運動によって画面上のカーソルを制御するトレーニングを数回実施し,その間に主体判断課題を行った.主体判断課題においては,参加者は自分が運動中に表示されるカーソルを制御しているかどうかを判断することが求められた.実験の結果,学習前は運動とカーソルの動きの時間的な関係に基づいて判断がなされていたが,学習により空間的関係を手掛かりとする判断が生じた.ここから,運動とその結果の関係を学習することで,予測に依存した主体感形成が成立することが示唆された.

選考理由

本研究は,近年,心理学や神経科学,さらに精神医学の領域でも盛んになっているテーマである「主体感」の形成メカニズムに着目した研究である.これまでに,主体感そのものの研究は数多く報告されてきたものの,その学習過程に着目した研究は数少なく,着眼点が斬新である.報告された実験結果として,運動のエラーと主体感評定の関係を学習前,学習中,学習後で比較検討しており,得られた結果から,どのように内部モデルを獲得し,それが主体感の形成につながるのかについて適切な示唆を与えている.時系列的にデータを示すことで,その学習過程をわかりやすく表現しており,関心を持つ多くの研究者を引きつける発表内容であったことから,発表力評価部門の優秀賞にふさわしいものと判断された.


 国際性評価部門

受賞者(所属)

Chifumi SAKATA1,Yoshiyuki UEDA2 and Yusuke MORIGUCHI1(1.Graduate School of Letters, Kyoto University, 2.Institute for Human and Society, Kyoto University)

発表題目

Similar incidental memories between two actors who search different targets in parallel

発表要旨

他者と行為をすると互いの行為対象が記憶される.これは,ヒトが自他の間で共通の知識基盤を築くための礎であると考えられる.先行研究では,二人が同じ物体に同時に注意を向けており,このことが記憶を促進させた可能性があった.本研究では,複数の物体があるときに他者の行為対象が選択的に記憶されるのかを調べ,さらにその記憶が後の行動に及ぼす影響も検討した.実験では,二人の参加者が同じ探索画面の中から同時に異なる物体を探索した.その間,同一の探索画面が繰り返され,標的と妨害刺激の連合記憶が探索を促進するようにした.探索の後,探索画面に呈示された物体の再認を行った結果,他者の標的は単に繰り返された物体に比べてよく記憶されていた.しかし,再認に替えて他者の標的を探索しても探索成績は向上しなかった.これは,同じ物体に同時に注意を向けるという制約がなくても他者の行為対象は記憶されるが,後の探索を促進するほど効果が強くないことを示している.

選考理由

本研究では,1つの視覚探索画面において2名の参加者(自分,相手)が同時にそれぞれ異なる標的刺激を探している際に,相手が探している標的刺激についての記憶が形成されるか,そしてその記憶表象を利用できるかを調べている.文脈手がかり効果の実験課題を用いて,相手の標的刺激の記憶表象自体は形成されるが,それを探索促進のために利用するのは難しいことを示した.2名の共同作業で生じる効果を,視覚探索における相手が探している標的刺激の記憶という点から検討している点が興味深い.また英語発表動画もきちんと準備され,内容を分かりやすく視聴者に伝えられていた.さらに,Slackによる質疑応答も活発に行われており,その議論は今後の研究の発展を期待させるものであった.そのため,国際性評価部門での受賞に値すると評価される.


総合性評価部門

受賞者(所属)

上田祥行1,*石井龍生1,*阿部修士1,*音無知展1,*勝野宏史2,*吉政知広1,*浅田稔3,4,*稲谷龍彦1(1.京都大学,2.同志社大学,3.大阪大学,4.大阪国際工科専門職大学)

発表題目

ターゲットの低出現頻度効果の年齢差と介入効果の検討

発表要旨

自動運転をはじめとする人と機械の協調システムでは,しばしば機械のエラーを人が検出することが求められる.しかし,システムが優秀になるほどエラー頻度は低下し,これを見逃しやすくなってしまう.この問題は,出現頻度効果(Wolfe et al., 2005)として知られる.システムの社会実装のために,どのような人で見逃しが生じやすく,介入によってどの程度の改善が見込めるかの基礎的データが必要である.本研究では,20代から70代の600名の参加者がオンライン上の視覚探索課題に参加し,ターゲットが稀(2%)に出現するときの成績と,短期的に出現頻度を増加(50%)させる介入の効果を検討した.その結果,どの年代においても出現頻度効果が見られた.介入により見逃し率は一時的には低下したが,依然として見逃しは50%以上の高確率で発生し,若年層ほど介入期間後に見逃しが早く増加してしまった.この性質が頑健であることを考慮し,人が機械をモニターするような協調の在り方ではなく,人と機械が一体となるようなシステムの開発を検討しなければならない.

選考理由

システムが優秀になるほどエラー頻度が低下し,検出が困難になる出現頻度効果について,年齢による違いや介入効果を検証した研究である.20代から70代の参加者を対象に,画面上のターゲットを検出させる課題を実施し,年代によらず頑健な出現頻度効果が生じること,介入によって「ない」判断へのバイアスが低下し,周辺領域の見落としが減少するものの,依然見逃しが多いことを報告している.発表では,社会的な問題の提起に始まり,堅実な課題設計・手続きに基づいた実験が紹介された.オンライン実験上の工夫も行われている.複数の分析結果がわかりやすく明確に提示され,それに基づいて,人が機械動作を正しく監視することを前提としたシステムの在り方を再考することが提唱された.様々な現象が機械によって自動化される今後の社会に,認知心理学の知見が貢献することを示した研究であり,総合性部門の優秀発表としてふさわしい研究であると判断した.


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