第10回日本認知心理学会優秀発表賞

第10回日本認知心理学会 優秀発表賞

 日本認知心理学会優秀発表賞規程に基づき、選考委員会において審議を重ねた結果、推薦発表総数44件の中から、以下の6件の発表に、規程に定められた評価部門の優秀発表賞を授与することに決定いたしました。受賞者には第11回大会の総会にて、優秀発表賞を授与いたします。会員の皆様におかれましては、今後とも日本認知心理学会におきまして数多くの優れた発表をなされることをお願いいたします。

2012年10月26日
日本認知心理学会優秀発表賞選考委員会委員長
行場 次朗

新規性評価部門
受賞者(所属):
水原啓暁・井上卓*・笹岡貴史・鹿内学(京都大学大学院情報学研究科)
発 表 題 目 :
「ミラーニューロンシステムにより促進される音声知覚」
発 表 要 旨 :
音声コミュニケーションにおいて,話者の顔を見ることにより会話の理解が促進されることが報告されている.音声コミュニケーションには,脳波と同期する複数のリズムが存在することが知られている.また,話者の頭部の動きなどのプロソディ表現と呼ばれるリズムに同調する脳波も存在している.話者の顔を見ることにより会話の理解が促進されるメカニズムは,話者のプロソディ表現と聴取者の脳波がミラーニューロンシステムの寄与により引き込み同期し,会話のリズムを最適なタイミングで処理することで実現されていると考え,音声聴取課題を実施中の脳波計測を実施した.本研究で用いた音声聴取課題では,顔の映像と音声の提示タイミングを操作することで,プロソディ表現のタイミングの重要性を検討可能な課題となっている.得られた結果は,プロソディ表現のリズムの周波数帯域で,聴取者の脳波の引き込み同期が観察された.このことは,音声コミュニケーションにおいては,話者のリズムに聴取者の脳波が引き込まれることにより,音声理解を促進しているとする我々の仮説を支持するものである.
選 考 理 由 :
本研究は,音声コミュニケーションにおいて話者の顔を見ることにより会話の理解が促進される現象に関して,ミラーニューロンシステムの活動による発話の運動系列予測により実現されていることを,非常に巧みな実験計画と課題設定によって検証している。実験の結果,話者の顔映像が見える状況においては,音声聴取成績が向上すると同時に,ミラーニューロンシステムの活動指標である脳波ミューリズムの減少が得られ,ミラーニューロンの関与が示唆された。本研究は,音声理解におけるミラーニューロンシステムの役割を,今後さらに詳細に検討するためのきっかけを与えており,研究のさらなる発展が期待できることから,新規性評価部門における優秀賞に値するものと判断した。

 

技術性評価部門
受賞者(所属):
津田裕之・齋木潤 (京都大学大学院人間・環境学研究科)
発 表 題 目 :
「バイオロジカルモーションに対する視覚性ワーキングメモリの精度」
発 表 要 旨 :
ワーキングメモリにおける視覚表象の表現形式をめぐって近年盛んな論争が生じている。提案されているいくつかのモデルの間に相違が生じている1つの要因として,記憶課題に使用される銘記刺激の性質が挙げられる。本研究では,銘記刺激の性質の違いが形成される記憶表象の表現形式の違いをもたらしているとの仮説のもと,従来研究とは質的に異なるタイプの刺激,すなわちバイオロジカルモーションという動的な刺激を用いることでこれを検討した。銘記項目の提示個数と提示時間を要因として記憶の精度を測定する実験を行った所,記憶表象の精度はこれら2つの要因の複合的な効果により決定されていることが明らかになった。この結果は,記憶表象が精度の固定されたスロットのような形式で表象されているとする従来の説とは異なるものであり,ワーキングメモリ表象の表現形式は銘記項目や課題条件によって変化し得るものであるという可能性を示唆する。
選 考 理 由 :
著者らは生物学的運動刺激を使って,視覚的作業記憶の時間変化を調べる精神物理学的実験を行った。保持精度を測定するために,記憶された運動方向の変動を表す指標を使用し,生物学的運動刺激に固有の保持特徴があることを見出した。用いた実験手法は洗練されており,複雑な刺激に伴う統制も良く工夫されており,実験結果も明快であった。さらに,発表者に対する質問の応答も的確なものであった。このような理由により,技術性評価部門の優秀賞に十分に値するものと判断した。

 

社会的貢献度評価部門
受賞者(所属):
本間元康1・遠藤信貴2*・長田佳久3・金吉晴1*・栗山健一1*  (1国立精神・神経医療研究センター,2近畿大学,3立教大学)
発 表 題 目 :
「巨大地震後におこる平衡感覚異常」
発 表 要 旨 :
巨大地震は様々な心身の不調をもたらすが,特に繰り返す余震に関連して めまいの訴えが増加する。東北地方太平洋沖地震の際も本震から数か月後に,めまい患者の増加が報告されている。めまいの原因の多くは平衡感覚 機能異常だが,心理的ストレスがめまいの原因となるケースも多い。本研究は東北地方太平洋沖地震発生約4カ月後に,余震を多く経験した集団(地震群)とほとんど経験しなかった集団(統制 群)の平衡感覚機能と心理的ストレスを調査した。心理的ストレスに群間差はなかったが,地震群の平衡感覚は閉眼時に限り有意に悪化しており,心理的ストレスと平衡感覚に有意な正の相関が認められた。平衡感覚のパワースペクトル解析では,内耳機能の障害を反映する低周波帯域のパワー が地震群で有意に増大していた。これらの結果は,繰り返す余震による物理的作用と,余震に関連付けられたストレス反応が内耳機能異常を惹き起 こす可能性を示唆する。なお本研究は Scientific Report 誌 (doi:10.1038/srep00749) に掲載された。
選 考 理 由 :
本研究では,2011年3月11日に発生した巨大地震により引き起こされた余震を経験することが,平衡感覚機能に与える影響を検討している。具体的には,居住地域に基づいて,本震4ヶ月後の期間中に余震を経験したグループ(地震群)とほとんど経験していないグループ(コントロール群)に対して,重心計によって測定された身体の揺れと不安関連特性を比較している。その結果,不安関連特性得点に関して群間差は認められなかったが,閉眼時に限り,身体の揺れが地震群において大きいことが示された。また,地震群においては,不安関連特性が高いほど揺れが大きいといった中枢系機能の影響とともに,内耳機能のような末梢系機能の影響が示唆された。「震災の身体的・心理的影響」という社会的に関心の高い重要なテーマにいち早く着手し,工夫された手法により,貴重なデータが提供されている。このことから,本研究が社会的貢献度評価部門優秀賞にふさわしいと判断した。

 

発表力評価部門
受賞者(所属):
浅井智久(千葉大学)
発 表 題 目 :
「ラバーバンドイリュージョンに誘発される自動的な身体位置補正運動」
発 表 要 旨 :
ラバーハンドイリュージョン(RHI)とは,ゴムなどでできた人工の手に対する触刺激を観察するのと同時に,被験者の手に同様の触刺激を与え続けると,まるでそのゴム手が自分自身の手のように感じられる錯覚現象である。またこのとき自己手の「主観的位置」がゴム手に捕捉され,近づくことが知られている。本研究では,スライダーの上に被験者の手を置きRHIの導入操作を行うことで,自己手の「位置感覚」ではなく,「実際の手の位置」がゴム手に向かって移動運動することを示唆した。これは,視覚-触覚間の情報が一致する外的対象物に自己身体像が帰属され,それに合うように自動的な身体位置の補正が行われた結果であると解釈される。RHIは,自己の身体感覚がマルチモーダルな統合によって成り立ち,それゆえ可塑的であることを意味していると考えられているが,私たちの身体感覚は運動感覚と相互参照的な関係性を持つがゆえに,その可塑性は運動感覚をも巻き込んだ可能性を示唆した。
選 考 理 由 :
本研究は,ラバーハンドイリュージョンの導入操作によって,実験参加者の手がゴムの手の方へ実際に移動するか否か,また,そのとき参加者にはどのような主観的感覚が生じているかを調べたものである。得られた主要な結果は,ラバーハンドイリュージョンが最も生起しやすい,実験参加者の手とゴムの手の同じ部位に同時に触刺激を与える同期条件において,手の移動距離は最も大きく,また,移動距離と手の移動等に関する主観的感覚との間には有意な相関があるというものであった。このように,本研究では,ボディ・イメージの定位や帰属メカニズムの一端の解明につながると期待される,興味深い結果が得られており,また,その発表スタイルと説明には随所に工夫が凝らされ,新しいアイデアや仮説,結果を聴衆に分かり易く伝えることに成功していた。以上の点に鑑み,本発表は発表力評価部門における優秀賞に十分に値するものと判断した。

 

総合性評価部門
受賞者(所属):
高橋純一・行場次朗・山脇望美(東北大学大学院文学研究科)
発 表 題 目 :
「健常者における自閉症スペクトラム指数と視覚的短期記憶容量」
発 表 要 旨 :
本研究では,健常大学生を対象とした自閉症スペクトラム指数 (AQ) において,空間形状の複雑さが視覚的短期記憶 (VSTM) に及ぼす影響の違いについて検討した。空間形状の複雑さは,同等集合サイズ (ESS: Garner & Clement, 1963) により,単純 (ESS 4) 及び複雑な (ESS 8) 空間形状として定義された。予備調査の AQ 得点 (n = 120) から,High AQ (n = 11) と Low AQ (n = 9) を抽出し,WAIS-III (動作性検査) 及び変化検出課題を行なった。変化検出課題では,様々な傾きをもった 9つの線分が,300,500,900msの提示時間により反復提示された。参加者の課題は,線分の傾きが同じか異なるかを強制二肢選択法によって判断することであった。まず,両群のWAIS-III得点に有意差は見られなかった。変化検出課題では,提示時間が長い条件 (900ms) で,Low AQ では ESS 4 の方が ESS 8 よりも VSTM 容量が大きかったが,High AQ では ESS 4 と ESS 8 との間に VSTM 容量の違いはなかった。以上より,Low AQ で認められる空間形状の複雑さの影響が,High AQ では認められないことが示唆された。
選 考 理 由 :
近年,自閉症者の様々な認知機能に関する実験的研究が進められており,自閉症者に特有の認知機能のメカニズムについて解明されつつある。本研究では,自閉症スペクトラム指数を用いて,自閉症傾向と変化検出課題実験にもとづいた視覚的短期記憶容量との関連性を明らかにしている。特に自閉症スペクトラム指数の高い群で空間的形状の複雑さが視覚的短期記憶容量に影響を及ぼさない点などは研究成果として意義が大きい。これまでの研究で自閉症者の中枢統合の脆弱性仮説が提唱されているが,本研究はこれを支持する結果であり,今後本研究の成果を臨床場面で応用できる可能性もある。また,本研究は心理物理実験として計画や実施が綿密に行われており,テーマも含め,総合的に優れた研究として高く評価できる。

 

総合性評価部門
受賞者(所属):
神原歩・遠藤由美*(関西大学)
発 表 題 目 :
「錯視経験が意見の対立によって生じる偏見的認知を緩和する効果 ―自らの社会的判断を過信するのは、物理的知覚の客観性を過信する ことによるものか―」
発 表 要 旨 :
本研究は,錯視経験が意見の対立によって生じる偏見的認知を緩和することを示した。意見の対立が争いを生む一因として,人は意見が対立する他者(以下、対立する他者)を,個人の立場や動機によって歪んだ見方をしている(以下、バイアス)と認知する傾向が指摘されている。この傾向は,人が自分の見方を客観的,つまり状況の正しい反映であると信じるばかり(Naive realism: Ross & Word, 1995),自分のとは相反する見方を状況の反映とは捉えられず,対立する他者の内的属性に帰属する結果であると説明されている。本研究では,自己の客観性の過信は,日々の生活での物理的事物を対象とした知覚において,自分の見方が正しいと信じて不都合がないことにより強化されていると仮定した。そこで,知覚への疑念を生起するものとして錯視画を呈示し,バイアス認知に与える影響を検討した。その結果,錯視経験は対立する他者へのバイアス認知を低減することが示された。社会的判断の客観性の過信は,知覚の過信に起因している可能性が示唆された。
選 考 理 由 :
自己中心的知覚傾向を示すナイーブ・リアリズム(NR)が対人知覚に及ぼす影響については社会心理学領域では様々な知見が呈されている中で,NRを実験的に操作するために物理的知覚(本研究では動きの錯視を使用)体験を利用した発想が画期的であった。自分自身が視覚的刺激を正しく知覚できていないという疑いの経験をすることでNRが低減することが実験から示され,外界情報を正しく知覚できていると思うことが自らの社会的判断の過信につながることを示唆した興味深い研究であった。ポスター会場においても人だかりが絶えず、多くの参加者の関心をひいた点や、ユニークな発想に基づく実験手続きの点からも総合的に優れた研究発表であったと評価できる。

(注:*は2012年10月22日現在での非会員を示す。規程により、非会員の方は受賞の対象となりませんが、本年度内に会員になれば受賞資格が与えられます。)

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