第15回日本認知心理学会優秀発表賞

第15回日本認知心理学会優秀発表賞の選考結果のお知らせ

 日本認知心理学会優秀発表賞規程に基づき,選考委員会において審議を重ねた結果,推薦発表総数65件の中から,以下の4件の発表に,規程に定められた評価部門の優秀発表賞を授与することに決定いたしました.受賞者には第16回大会の総会にて,優秀発表賞を授与いたします.会員の皆様におかれましては,今後とも日本認知心理学会におきまして数多くの優れた発表をなされることをお願いいたします.

2018年1月22日
日本認知心理学会優秀発表賞選考委員会委員長
箱田 裕司

新規性評価部門
受賞者(所属):
今回は該当者なし.

 

技術性評価部門
受賞者(所属):
朝倉暢彦,乾敏郎(追手門学院大学)
発 表 題 目 :
「アイオワギャンブル課題における健常者の選択行動のクラスタ分析」
発 表 要 旨 :
アイオワギャンブル課題(IGT)において,健常者は長期的利益に基づいた選択が可能であり,試行が進むにつれて得となる期待値が設定された良いカードの山を選択するようになるとされてきた.一方,近年では最終的に損失となる悪いカードの山を選好する健常者も多数存在することが報告されている. そこで本研究では,IGTの公開データベース中6事例の試行終盤の選択パターンに対して混合多項分布を用いたクラスタ分析を行った.その結果,全事例に共通して多数の参加者が示す選択パターンは,長期的利益の基準ではなく,(1)損失の頻度の低いカードの山を選好するものであった.また,その次に主要な選択パターンは,(2)悪いカードの山のうち損失が高額・低頻度の山を選好するリスク選好型のものであった.一方,良いカードの山を選好するパターンは全事例において半数以下であった.以上の結果は,IGTに対する健常者の選択が必ずしも合理的意思決定の方略に従わないこと,そしてその選択特性に関して長期的な利益の観点だけでなく,リスクを含めた複合的要因を考慮する必要性を示唆している.
選 考 理 由 :
アイオワギャンブル課題は,意思決定に関する研究や脳障害・精神疾患の検査にも広く使われている.健常者が「合理的で望ましい」選択をできることが前提となっているが,本研究はこの前提が疑わしいことを示したものである.先行研究に見直しを迫る主張であるため,根拠となるデータの信頼性が重要となる.本研究では,公開データに対して高度な統計処理を行うというアプローチによってこの問題をクリアし,健常者が必ずしも合理的な意思決定をしないことを,鮮やかに示した.心理学実験の再現性や信頼性が話題となる昨今,このような再検証に関する研究は,ますます重要になっている.公開データの利用による再検証という発想,それを可能にする統計的技法は認知研究の進展に重要な知見であり,技術性評価部門の優秀賞に十分に値するものと判断する.

 

社会的貢献度評価部門
受賞者(所属):
山 祐嗣(大阪市立大学)秋田 真志,川崎 拓也(しんゆう法律事務所)
発 表 題 目 :
「水の濁り判断と射流洪水の確率判断における後知恵バイアス-裁判の証言のための検証実験-」
発 表 要 旨 : 川遊び中に射流洪水が起きて1名の園児が死亡し,3名の幼稚園教諭が業務上過失致死で起訴された.被告の責任の焦点は,射流洪水を予測できたかどうかで,洪水の予兆としての水の濁りの判断である.本研究は,人間がこの裁判事例で後知恵バイアスを受けるかどうかを検討することを目的とした.目撃証言によれば,水は直前に濁りを示しているということだったが,彼らは洪水という結果を知っているわけである.実験では,大学生が射流洪水の前に実際に撮られた写真を提示され,水の濁りを7件法で評定し,その後に射流洪水が起きる確率を推定した.結末条件の参加者は,実際に射流洪水が起きて犠牲者があったことが告げられたが,統制条件では何も伝えられなかった.結末条件の参加者は,統制条件の参加者よりも,水が濁っていると評定し,確率も高く判断した.人間はこの知覚判断と確率判断で後知恵バイアスを受けやすいと結論づけられ,筆頭著者によって裁判で証言された.一審判決では,射流洪水予測責任は問われなかった.
選 考 理 由 : 実際に起こった事件を題材にして結末を知っていることによる後知恵バイアスが,司法判断にも影響を及ぼすことを実証的に明らかにしている.後知恵バイアスは様々な事件において関与する可能性があるものであり,この影響を手堅い実験で証明していることは,目撃者や検事の判断の妥当性を考える上で社会的に意味のある研究である.以上の理由から,本研究を社会的貢献度評価部門において優秀な発表であると判断した.

 

発表力評価部門
受賞者(所属):
有賀敦紀(広島大学)
発 表 題 目 :
「選択のオーバーロード現象の再現性」
発 表 要 旨 :
商品選択肢が多くなるほど,消費者の購買率や満足度は低下することが報告されている.この現象は「選択のオーバーロード現象」と呼ばれ,過剰な選択肢が消費者の認知負荷を高め,その結果として購買行動を阻害することを示している.しかし,この現象の再現性については疑問視されているのが現状である.本研究は,参加者の認知負荷を実験的に操作して,この現象の再現を試みた.まず参加者は,空間的に配置された選択肢の中から好みの選択肢ベスト3を決めるという順位づけ課題を行った.その結果,選択肢の多寡は順位づけに対する満足度に影響を与えなかった(実験1).しかし,選択肢を逐次的に呈示して参加者の認知負荷を高めたところ,選択肢が多い条件において順位づけに対する満足度は低下し,選択のオーバーロード現象が生じた(実験2).以上の結果は,選択のオーバーロード現象が認知負荷の高い状況において再現可能であることを示している.
選 考 理 由 :
本研究は,従来は結果が一貫しなかった選択のオーバーロード現象を,巧みな心理実験をもとに解明したものである.選択のオーバーロード現象が先行研究で安定しなかった理由を,先行研究を簡潔に紹介することで,明快に説明された.先行研究,実験手続きを多くの写真や図表を用いることで,聴衆の理解に関して認知的な負荷を下げる,非常にわかりやすい発表であった.したがって,優秀発表賞にふさわしいと判断された.

 

国際性評価部門
受賞者(所属):
今回は該当者なし.

 

総合性評価部門
受賞者(所属):
武藤 拓之(大阪大学,日本学術振興会)松下 戦具,森川 和則(大阪大学)
発 表 題 目 :
「空間的視点取得は全身移動のシミュレーションに媒介される-視点・反応一致性効果のメカニズムの検討-」
発 表 要 旨 :
空間的視点取得とは,自分とは異なる視点から見た物体の空間的位置関係を把握する認知過程である.武藤・松下・森川 (2015) は,円卓の風景刺激を用いた空間的視点取得課題の際に,取得する視点の位置と同じ側の足を前に出して反応すると,反対側の足で反応した時よりも反応時間が短くなること(視点・反応一致性効果)を発見した.この視点・反応一致性効果のメカニズムを明らかにするために,本研究は風景刺激の提示位置(左または右)を操作して同様の実験を行った.実験の結果,反応に使う足と同じ側に刺激が提示された時には視点・反応一致性効果は認められなかったが,反応に使う足の反対側に刺激が提示された時には視点・反応一致性効果が認められた.この結果は,視点・反応一致性効果が刺激反応適合性や感覚運動干渉では説明できないことを示唆しており,空間的視点取得の際に全身移動のシミュレーションが行われるという仮説を強く支持するものである.
選 考 理 由 :
本研究は,人は現在とは異なる位置の視点を取ることを必要とされる課題に直面したときには,頭の中で足を使ってその場所まで実際に移動しているとする「全身運動シミュレーション」というユニークな説を立て,その妥当性について,S-R適合性説や干渉説などの他の考え方による説明可能性を明確に否定する実験データを示すことによって確かめたものである.仮説検証のためのフットスイッチを使った工夫を凝らした条件設定の仕方,結果の明確性,プレゼンテーションのわかりやすさも,十分に評価できるものであった.今後,他者理解や共感性の研究においても,身体移動難易度の影響を詳細に調べる必要性などの示唆にも富んでいると思われる.
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