第7回日本認知心理学会優秀発表賞

第7回日本認知心理学会優秀発表賞

 日本認知心理学会優秀発表賞規定にもとづき,選考委員会において審議を重ねた結果,推薦発表総数36件の中から,以下の6件の発表に,規定に定められた評価部門の優秀発表賞を授与することに決定いたしました。受賞者には,第8回大会の総会にて,優秀発表賞を授与いたします。会員の皆様におかれましては,今後とも日本認知心理学会大会におきまして数多くの良い発表をなされることをお願いいたします。

2009年11月9日
日本認知心理学会優秀発表賞選考委員会委員長
箱田 裕司

新規性評価部門
受賞者(所属):
浅井智久1, 2・丹野義彦11東京大学総合文化研究科,2日本学術振興会)
発 表 題 目 :
「ダイナミック・ラバーハンドイリュージョン:主観的感覚と身体反応の乖離」
発 表 要 旨 :
ラバーハンドイリュージョン (RHI) とは,ゴム手に対する触刺激を観察するのと同時に,被験者に同様の触刺激を与え続けると,まるで呈示されたゴム手が自分自身の手のように感じ,自己手の主観的位置が移動する錯覚現象である。RHIはマルチモーダルな感覚統合によって自己身体感が保持されていることを示唆するが,実験で用いられる測度がいずれも被験者の主観に基づいたものであるという弱点があった。そこで本研究では「主観的な」位置の移動ではなく,「実際に」手が動く新たな錯覚現象を探索した。被験者には,ゴム手の上にボールが載せられた画像を呈示し,ゴム手と同様に腕を45秒間水平に保つように教示した。その結果,ボールが実際には1 kgあると知っていた群の右手条件では,主観的には手が下がってきたと報告したにも関わらず,実際には手が上がる現象が認められた。これはゴム手上の重さを自己身体上でシミュレートした結果,重さに対抗しようと手が上がったと解釈できる。近年の研究では,RHIは共感的な機能も関わっている可能性が指摘されており,本実験の結果も身体的な共感によるものであると考えられる。
選 考 理 由 :
従来,ゴム手に対する触刺激の観察に対して自己手の“主観的”位置が移動するという点において注視されてきた錯覚現象を,実際の手の“物理的”反応という視座から,発展的に追究したところは実に独創的であり,かつ,手の主観的感覚と物理的反応との間に合致ではなく乖離を見出したという点も結果としてきわめて興味深い。現在,いわゆるミラーニューロンとの関わりにおいて,私たちが,知覚した他者の動作や感情などを直接的に自身の脳内に映し込み,また同様のふるまいを再現するという傾向に対して,多くの研究者の関心が集まってきていると言えるが,本研究が掲げたテーマおよびその知見は,こうした現象との関連からしても大いに示唆に富むものと言え,今後さらに実りある展開を予見させることから,新規性評価部門における優秀賞に十分に値するものと判断した。

 

新規性評価部門
受賞者(所属):
井上雅勝(武庫川女子大学文学部)
発 表 題 目 :
『「一緒に」の処理が文の曖昧性解消に及ぼす影響』
発 表 要 旨 :
「警官が (一緒に) 犯人を捕まえた男性を…」のような一時的構造曖昧性 (単文/関係節) をもつ文の語句毎の読み時間を測定すると,「一緒に」を含む文では,これがない文よりも関係節主要部「男性を」での再解釈に要する読み時間が相対的に短くなる (井上, 2007)。この現象は,(i)「一緒に」の談話上の指示対象が曖昧なため単文解釈の決定が遅延される,(ii) 「~が (誰かと) 一緒に」は意味的な行為者が複数になるため,単数の場合よりも可能な意味解釈の数が増加し (e.g., 協同的/分配的),この意味的曖昧性の高さが単文解釈決定を遅延させる,という2つの仮説により説明できる。(i) に基づくと,「警官が私と一緒に…」のように指示対象を明示すれば単文解釈が確定し,「男性を」の読み時間は長くなると予測されるが,実際にはこの場合も読み時間が短くなった。この結果から,(ii) で示した意味的曖昧性が文解釈の決定・遅延に影響することが示唆された。
選 考 理 由 :
この研究は,袋小路文の認知処理を検討したものである。「警官が犯人を捕まえた男性を上司に紹介した」というような袋小路文では,「男性」のところで構文の再解釈が必要になり,読文時間が長くなることが知られている(ガーデンパス現象)。受賞者は,「一緒に」を「犯人を」の前に入れると,このガーデンパス現象が消失することを発見し,その原因を究明するために,一連の実験をおこなってきた。本発表は,その最新の成果を報告したものである。受賞者は,自ら発見した現象について,それがなぜ生起するのかを説明する様々な仮説を考え,どの仮説が妥当かを調べるために,組織的な実験を続けてきた。そうした実験から,「一緒に」が入ることによって構文解釈が保留され,その結果,ガーデンパス現象が消失するということを突きとめた。原因の究明は,科学的研究の本道であり,現象の発見という点でも,その原因の特定という点でも,受賞者による一連の研究は高い新規性を持っている。これが新規性部門での受賞となった理由である。

 

技術性評価部門
受賞者(所属):
小川健二1・乾 敏郎1, 21科学技術振興機構ERATO浅田プロジェクト,2京都大学大学院情報学研究科)
発 表 題 目 :
「後部頭頂皮質における観察した行為の神経表象」
発 表 要 旨 :
ヒトが観察した行為を認識するには,他者に対する視点や距離,使う手等に対して不変な行為の表象が必要である。先行研究から,行為理解に自己の行為生成に関わる後部頭頂皮質や運動前野が関わることが示唆されてきたが,従来のfMRI分析ではこれらの領野が行為理解においてどのような役割を担っているのかは明らかではなかった。そこで本研究は,行為観察時のfMRI活動に対して多ボクセルパターン分析を用い,行為の様々な属性に対する脳活動パターンの選択性を調べることで,観察した行為の神経表象を検討した。実験では,物体を操作している画像を協力者に提示し,行為・物体・視点・手・画像サイズの5属性を独立に操作した上で,脳部位がどの属性で刺激画像を識別可能か検討した。結果,初期視覚野では刺激画像自体の画素毎の非類似性に一致した識別精度が得られた一方,後部頭頂皮質や運動前野では行為と物体に対して高い識別精度が得られ,これらの部位では視覚変化に対して不変な他動詞的行為の表象が符号化されていることが示唆された。
選 考 理 由 :
行為の生成と理解に共通する神経基盤としてミラーシステムが注目されているが,従来のfMRIの実験パラダイムでは他者の行為理解が具体的にどのような神経表象によって支えられているかという点は明らかではなかった。本研究では実験協力者に物体を操作する行為の画像を提示し,その画像に含まれる行為のさまざまな側面を綿密に操作した上で,ミラーシステムにおける行為の神経表象をfMRIのボクセルパターン分析という新しい方法を用いて明らかにした。その結果,行為の理解に関して後部頭頂皮質から運動前野に至る階層的な処理経路を明らかにすることに成功しており,特に技術性に優れた研究として高く評価できる。

 

技術性評価部門
受賞者(所属):
水原啓暁1, 2・佐藤直行2, 3・山口陽子21京都大学大学院情報学研究科,2理化学研究所脳科学総合研究センター,3公立はこだて未来大学)
発 表 題 目 :
「脳波シータ波により創発する前頭-側頭皮質の記憶ネットワーク」
発 表 要 旨 :
海馬を含む側頭葉内側面と前頭葉との皮質ネットワークは,ラットやヒトなどにおいて記憶に重要であると考えられている。従来のラットの空間記憶課題を用いた研究により,この記憶のためのネットワークは,シータ帯域での神経の集団電位に関連して動的に創発すると考えられている。そこで我々は,ヒトにおいても脳波シータ波により前頭葉と側頭葉内側面をつなぐ皮質ネットワークが動的に形成されることを示すために,新規風景の記憶課題中のヒトの脳波と機能的MRIの同時計測を実施した。その結果,前頭からのシータ波の発生に伴い,前頭葉内側面と側頭葉内側面が活動することが明らかになった。また,これらの活動に加えて,シータ波の発生に伴い,前頭眼野が活動することが明らかになった。これらのことは,側頭葉内側面を要する記憶課題において,ヒトにおいても前頭を含む動的な皮質ネットワークの創発がシータ波により実現されていることを示している。
選 考 理 由 :
本研究は,記憶表象が形成される際の脳部位間のネットワークを,脳波とfMRIの同時計測と相関データ解析によって明らかにしたものである。全体的な刺激強度などを変化させずに記憶負荷を操作する方法として注意の瞬き課題が用いられた。結果の処理では,まず行動成績と脳波のシータ波帯域のパワーの関係の解析,ついで前頭シータ波のパワーとfMRIの信号が相関する脳部位の抽出が行われた。また,活動部位が十分に同定されている風景画像を刺激として用いた点や,心拍アーチファクト除去の技術など,随所に実験技術的な工夫も見て取れる。実験計画,実施やデータ解析の研究全体においては,さまざまな技術やアイディアが結集されており,全体として新しい技術の域に達していると評価できる。

 

社会的貢献度評価部門
受賞者(所属):
須藤 智1・熊田孝恒21目白大学外国語学部,2産業総合技術研究所)
発 表 題 目 :
「画面・刺激サイズが視空間的作動記憶に及ぼす影響の年齢差」
発 表 要 旨 :
大型画面を搭載した機器は,視認性の高さから高齢者に適合した機器と考えられている。また,大型画面を介した活動は,年齢に関わらず「楽しい」ことも報告されている(原田ら, 2007)。これらは,大型画面の「視空間的認知に対する促進効果」を示唆するものであるが,その生起メカニズムは明らかでない。本研究は,若年者と高齢者の大型画面上での視空間的作動記憶の特性に着目し,大型画面の視空間的認知に対する促進効果の生起メカニズムを検討した。実験1では,中型画面でのコルシブロック(CBT)課題に対する刺激サイズの影響を検討したところ,若年者はサイズが小さいときの再生成績が高いのに対し,高齢者は刺激サイズの影響を受けないことが示された。実験2では,CBT課題に対する画面サイズ(大小)の影響を検討したところ,年齢に関わらず大画面条件の再生成績が高いことが示された。以上の結果から,大型画面での視空間的認知の促進効果には,視空間的作動記憶の特性が影響している可能性が指摘できる。
選 考 理 由 :
本研究は高齢者に適したディスプレイの特性を明らかにするために,視空間的作動記憶に対して刺激の提示方法がどのような影響を持つかに注目した実験を行ったものであり,視空間的作動記憶に画面サイズは促進効果を持つが,刺激サイズは影響を与えないこと,これらに年齢差は認められないことを新たな知見として提示している。本研究では単純にディスプレイの使いやすさを直接的・主観的に評価するのではなく,視空間的作動記憶での認知処理という認知心理学的モデルに基づいて高齢者にとっての使いやすさの問題にアプローチしているという点で,社会的貢献度と認知心理学的研究への貢献の両面で意義がある研究であり,今後の展開が期待されるものである。

 

発表力評価部門
受賞者(所属):
菊地史倫1, 2・庄司 耀1*・阿部恒之1*1東北大学大学院文学研究科,2日本学術振興会)
発 表 題 目 :
「嗅覚の単純接触効果―睡眠中の嗅覚刺激呈示が嗜好に及ぼす影響―」
発 表 要 旨 :
刺激に繰り返し接触することで刺激の嗜好評価が上昇する現象を単純接触効果という。この現象についてはすでに多くの研究がなされてきたが,主に視覚刺激が対象とされてきた。本研究では嗅覚刺激における単純接触効果に着目し,睡眠中の繰り返し接触によるニオイの嗜好と,ニオイの感覚・感情印象の変化を検討した。実験参加者は4日間連続で就寝中にジャスミンかローズの一方の嗅覚刺激に接触し,接触前・接触2日後・接触4日後にジャスミンとローズの双方について嗜好と各印象の評定を行った。その結果,当初嗜好の低かったジャスミンでは繰り返し接触により嗜好が上昇し,嗅覚における単純接触効果が確認された。しかし当初より嗜好がある程度高かったローズにでは繰り返し接触による嗜好の変化がなく,嗅覚の単純接触効果における刺激選択性が示された。また繰り返し接触でいくつかのニオイ印象が変化しており,そのうち感情印象の1つであるストレス感の低下が嗜好の上昇と強く関連することが示された。
選 考 理 由 :
本研究は自覚のない睡眠状況下での嗅覚の単純接触効果を初めて実証的に明らかにしたものである。実験参加者に対し就寝中に4日連続でニオイを提示し,ジャスミン刺激において接触回数が増えるにつれて有意に嗜好評定値が高くなることを示した。また,単純接触効果が見られたジャスミン刺激においてストレス感が低減しており,繰り返し接触による印象の変化が嗜好の上昇に影響を与える可能性も示した興味深い研究である。さらに,本研究のポスターは,レイアウトやグラフにおいて配色を含めてデザイン面で工夫がなされており,とても分かりやすいものであった。口頭による説明も丁寧であり,来場者への配付資料も準備するなど聞き手の視点に立った様々な配慮がなされており,本研究は発表として優れたものであったといえる。

 

(* 規定により,非会員の方は受賞の対象とはなりません.)
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