第17回日本認知心理学会優秀発表賞の選考結果のお知らせ
日本認知心理学会優秀発表賞規程に基づき,選考委員会において慎重な審議を重ねた結果,発表総数147件の中から,以下の8件の発表に優秀発表賞を授与することに決定しました.受賞者には第18回大会の総会にて授与を行います.
2019年11月21日
新規性評価部門 |
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受賞者(所属):
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松田憲1,橋口綾乃1,藤野実由1,楠見孝2(1. 北九州市立大学,2. 京都大学) |
発 表 題 目 :
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「刺激への新奇性付加が単純接触効果に及ぼす影響」 |
発 表 要 旨 :
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本研究は,女性アバター顔に化粧の変化を新奇性要素として付加することで,単純接触効果が促進されることを明らかにした.単純接触効果とは,刺激への反復接触に伴って当該刺激への好意度が高まる現象をさす.一方で,刺激への過度の接触によって生じる心的飽和が好意度の上昇を抑制するという倦怠効果も報告されている.我々の先行研究では,刺激呈示ごとに背景を変化させることによる新奇性付与によって,刺激への反復接触による飽きの生起を抑制することが示されている.そこで本研究では,呈示する刺激そのものの一部分を変化させて新奇性を付与することで,単純接触効果が向上するのかを検討した.具体的には,女性アバターの化粧を変化させることで,新奇性の操作を行った.実験の結果,女性参加者の場合のみで,元々好意度の高いアバターの化粧を変化させることにより単純接触効果が生起した.しかし,男性参加者にはそのような効果は見られなかった.女性は普段から身近である化粧の変化に対して敏感に反応し,好感度評定値を上昇させたと考えられる.もしくは,視覚刺激の変化の弁別閾に性差がある可能性もある. |
選 考 理 由 :
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本研究は,単純接触効果における倦怠効果を刺激に新奇性を付加することで抑制できるのかという問いに対して,女性アバター顔を提示刺激として使用し,化粧の変化という新奇性の付加の操作を行うことで検討している.実験の結果では,事前に好意度が高いと評定された女性アバター顔では,化粧を変化させた顔の反復提示による親近性の上昇と,新奇性付加による飽きの抑制によって単純接触効果が促進することを明らかにしている.この研究によって,刺激を操作することによる新奇性の付加が倦怠効果を抑制し,単純接触効果をより効果的に生起させること可能であることが実証されたといえる.単純接触効果における倦怠効果という古くから知られている現象に対して,新奇性の付加という刺激操作に着目した点が新しい視点であり,新規性評価部門での優秀賞に値する研究であると判断した. |
受賞者(所属):
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井関紗代1,2,北神慎司1(1. 名古屋大学大学院情報学研究科,2. 日本学術振興会) |
発 表 題 目 :
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「カスタマイズ商品に高額を支払うのはどんな人?-コントロール欲求が支払意思額に及ぼす影響の検討-」 |
発 表 要 旨 :
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私たちは,周囲の環境と相互作用しながら,コントロールしたいという欲求を生得的に持っている.そして,このコントロール欲求の強さには個人差がある.本研究では,急速に市場を拡大しているカスタマイズ商品に着目し,「コントロール欲求がもともと高い人は,カスタマイズ商品に対して支払意思額が高くなるのか」という点について検討した.その結果,コントロール欲求の高い人は,低い人に比べ,カスタマイズ商品に対して,支払意思額が高くなることが示された.加えて,コントロール欲求が高い人は,カスタマイズ商品に対するコントロール感が促進されればされるほど,支払意思額が高くなる一方で,コントロール欲求が低い人は,コントロール感が促進されてもされなくても,支払意思額に差は生じないことが明らかになった.これらのことから,本研究はマーケターに対し,「カスタマイズ商品はコントロール欲求の高い人に訴求することが効果的である」という提案をすることが可能となるだろう. |
選 考 理 由 :
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本研究は,近年,急速に市場を拡大しているカスタマイズ商品に着目し,コントロール欲求の個人差がカスタマイズ商品に対する支払意思額に及ぼす影響を検討したものである.その結果,カスタマイズ商品に対して,コントロール欲求の高い人は,低い人に比べて支払意思額が高くなること,さらに,カスタマイズ商品では,コントロール欲求が高い人は,商品に対するコントロール感が促進されるほど,支払意思額が高くなる一方で,コントロール欲求が低い人は,コントロール感の促進の有無にかかわらず,支払意思額に差は生じないことが明らかにされた.これらの知見自体が新規であると同時に,マーケティングという応用分野に有益な示唆を与えるものである.以上の理由により,本研究は新規性評価部門において優秀賞に値する研究であると判断した. |
技術性評価部門 |
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受賞者(所属):
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中村航洋1,2,3,渡邊克巳1(1. 早稲田大学,2. 日本学術振興会,3. 慶應義塾大学先導研究センター) |
発 表 題 目 :
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「データ駆動処理による顔魅力印象の規定要因の検討-美しい顔とは女性的な顔なのか?-」 |
発 表 要 旨 :
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顔の魅力は多様な顔特徴を手がかりとして知覚されるが,特に男性と女性の顔特徴の違い(性的二型性)は魅力印象を規定する重要な要素の一つとされている.男性の顔に比べて,女性の顔は肌色が明るい,目が大きいなどの特徴があり,男性顔・女性顔ともに女性的な顔特徴を強調した顔は魅力的と評価されやすいことが分かっている.本研究では,顔の魅力と性的二型性の印象の相互関係を明らかにするために,データ駆動処理計算によりその2つの印象を独立に操作できるかを検討した.実験では,顔の性別に関わらず,魅力と女性らしさの印象の評価の間には正の相関関係があることが示されたが,データ駆動処理計算により,性的二型性を変化させずに魅力印象のみを変化させた顔画像や,その逆に,魅力を変化させずに性的二型性のみを変化させた顔画像を生成できることが明らかになった.このことは,美しく魅力的な顔は必ずしも女性な顔とは限らず,顔の女性らしさとは独立に魅力印象を規定する顔特徴が存在することを示唆している. |
選 考 理 由 :
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著者たちは,顔魅力印象の規定要因の検討にあたり,顔の魅力と性的二型性の印象を独立に操作した研究がこれまでないことに着目し,データ駆動処理により顔の魅力と性的二型性の印象をモデル化し,性的二型性の影響を統制した上で魅力印象を操作しうるかについて検討した.その結果,顔魅力印象は単に性的二型性によってのみ規定されるのではないことを明らかにした.データ駆動処理を顔魅力に適用し,顔魅力と性的二型性の印象を巧みに切り分けた本研究は,技術性評価部門での優秀賞にふさわしい研究である. |
社会的貢献度評価部門 |
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受賞者(所属):
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菊地史倫1,山内香奈1(1. 公益財団法人鉄道総合技術研究所) |
発 表 題 目 :
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「車掌の案内放送に対するお褒めと実際の案内放送の特徴の関連性」 |
発 表 要 旨 :
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鉄道従事員の良い業務実践に対して旅客からお褒めの言葉を寄せられることがある.お褒めは該当者の業務に対する自信や動機づけを向上させるポジティブ・フィードバックとして機能し,従事員全体の業務水準を向上させるための手がかりとなる.そこで,本研究では車掌の案内放送に対する旅客からのお褒めに着目し,お褒めを得やすい要素を抽出するための実態分析,営業線で実施されている車掌の案内放送とお褒めを得やすい要素の関連を検討するための内容分析を行った.実態分析の結果,案内放送の仕方(聞き取りやすさ等)と内容(マニュアル内の工夫,マニュアル以上の実践)といった大きく2つの要素が抽出された.また,調査時間や区間,列車種別を統制して取得した営業線での案内放送に対する内容分析の結果,お褒めを得た経験がない車掌よりも,お褒めを多く得ている車掌の案内放送は聞き取りやすく,通常よりも丁寧な案内であるマニュアル内の工夫を多く実施していることが示された. |
選 考 理 由 :
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本研究は,鉄道事業者に対する旅客からのポジティブフィードバックが多い車掌のアナウンスについて,その特徴を分析したものである.その結果,お褒めの言葉を多く得る車掌の案内放送は聞きとりやすく丁寧であり,タイミングも適切であることが示唆されている.本研究は「アナウンスが上手い人」「よく褒められる人」といった個別の事例として扱うのではなく,誉められる要素として案内放送に関わる技能を抽出することにより一般化を目指すものであり,非常に応用可能性が高く,社会的にも意義があるものであると期待できる.また,潜在的お褒めと顕在的お褒めに分けての議論も興味深い. |
発表力評価部門 |
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受賞者(所属):
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米満文哉1,山田祐樹2(1. 九州大学大学院人間環境学府,2. 九州大学基幹教育院) |
発 表 題 目 :
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「性的視覚刺激による透明性の錯覚の強化」 |
発 表 要 旨 :
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心の中を他人に見透かされていると感じる現象を透明性の錯覚と呼ぶ.この現象は,係留と調整のヒューリスティックが適切に用いられないことで生起する.この一因に覚醒度の上昇による認知資源の剥奪があげられるが,先行研究では不快かつ高覚醒の感情を喚起しており,感情価と覚醒度のどちらが透明性の錯覚を増強させるのか不明であった.そこで,本研究は高覚醒で快感情を喚起する性的画像を用いて検討した.参加者は画像内容が他者に分からないよう無表情で性的・非性的快・中性画像を観察した後,参加者が見た画像内容を当てると思われる人数と自身の表情表出強度を推定させた.その結果,非性的快や中性よりも性的画像の観察時に透明性の錯覚が強く生じたが,認知資源の消費や認知資源量の個人差と錯覚との関連は見られなかった.したがって,快感情であっても覚醒度が高いと透明性の錯覚が強化されることと,この錯覚の生起が認知資源剥奪によっては説明できないことが示唆された. |
選 考 理 由 :
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本研究は「透明性の錯覚」に影響する要因として,従来統制されていなかった感情価と覚醒度の影響を切り分けて検討した.その結果,覚醒度のみが透明性の錯覚を増強させることを実証した.さらに,覚醒度による透明性の錯覚の増強の要因についても踏み込んだ検討をしており,認知資源保持とワーキングメモリ容量を操作する実験を行い,これらの影響はないことを示した.覚醒度が高くかつ感情価も高い刺激として性的な視覚刺激を採用したことは独自的かつ目を惹くものであった.それと同時に,日常で経験的に感じられる事象を,刺激の要因統制の面も含め,堅実に心理モデルを構築したうえでの仮説検証的な実験デザインへ落とし込む一連の検証が適切にわかりやすい道筋をもって発表された.今後の展開に期待されることも含めて発表力評価部門の優秀賞に値するものと判断する. |
受賞者(所属):
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北神慎司1,村山航2,坂口結香1,武野全恵1,3,井関紗代1,3(1. 名古屋大学,2. レディング大学,3. 日本学術振興会) |
発 表 題 目 :
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「内発的動機づけの過小評価に及ぼす事前警告の効果」 |
発 表 要 旨 :
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メタ動機づけに関する先行研究において,金銭的報酬などの外発的動機づけを伴わない課題を行った後の内発的動機づけの自己評価に比べて,課題を行う前の予測的な自己評価が一貫して低いことがさまざまな実験によって示されている.すなわち,内発的動機づけは過小評価される傾向があることが明らかとなっており,これはメタ認知が概して不正確である知見と一致するものである.本研究では,課題前の内発的動機づけの予測的な自己評価を行う前に,「内発的動機づけが過小評価されやすい」ことを事前警告として教示することによって,過小評価が修正されうるかどうかを検討することを目的として実験を行った.その結果,事前警告の効果は現れず,課題に対する自己評価だけでなく課題成績においても内発的動機づけは過小評価されることが示された.つまり,先行研究の知見とあわせると,このような現象は極めて頑健であると考えられる. |
選 考 理 由 :
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本研究は,内発的動機付けが過小評価されることについて,事前に「内発的動機付けが過小評価されやすい」ことを伝えておくことでその過小評価が修正されるかを検討している.その結果,事前警告の効果は現れなかった.事前に情報を伝えたにもかかわらず修正されないほど頑健な現象であること自体も興味深いが,プレゼンテーションにおいても,話の流れが明快であり,わかりやすく,非常に興味を引き付ける発表であった. |
国際性評価部門 |
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受賞者(所属):
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Shirong Sun1,Takashi Kusumi1(1. Division of Cognitive Psychology in Education, Graduate School of Education, Kyoto University) |
発 表 題 目 :
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「Why do people enjoy others’ suffering: the factors those trigger schadenfreude」 |
発 表 要 旨 :
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シャーデンフロイデという感情は,日本では「他人の不幸は蜜の味」としてよく知られている.先行研究では,シャーデンフロイデとネガティブな感情の関係性が示されていた.特に,敵対する相手に対するシャーデンフロイデに焦点を当てられ,一方,友人に対するシャーデンフロイデについてはほとんど言及されていなかった.本研究の目的は,友人と敵対関係の両方において,シャーデンフロイデを引き起こす要因を探ることである.参加者は220(女性118,男性84)人である.4つのシナリオが用意され,友人,知人,敵の不幸に対するシャーデンフロイデと共感について尋ねた.シナリオの重要性と,参加者のパーソナリティとして,自尊心,自己愛人格,劣等感の尺度への回答も求めた.その結果,男性は女性よりも,特に友人に対するシャーデンフロイデを感じる傾向があり,不幸の重要性が低いほど,友人関係におけるシャーデンフロイデが上昇することが示された. |
選 考 理 由 :
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国際性評価部門での選考は,英語で行われた口頭・ポスター発表から,国際会議等においても高い評価を受ける発表内容であるかを重視して行われた.授賞研究は,なぜ人は他人の不幸を楽しむかというシャーデンフロイデに関する問題について,公的あるいは私的な状況か,そしてその不幸が重大かあるいはそうでないかの2次元4象限に分けたシナリオを用意し,さらに対象者をライバルだけでなく,知り合いや友人に設定して,シャーデンフロイデを引き起こす要因を綿密に検討したものである.しかも生起される感情を「いい気味」「愉快」「同情」に分けて測定したことも評価できる.結果として,友人に対するシャーデンフロイデに関しては,私的な状況での軽微な不幸の象限に限ってその傾向があらわれるものの全般的に同情が強く,ライバルに対するシャーデンフロイデの質とは大きく異なることが示された.抄録や発表は的確な英語でわかりやすくまとめられ,今後,対象者を異文化に広めるなど,研究の発展性が期待されるため,受賞にふさわしいと判断した. |
総合性評価部門 |
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受賞者(所属):
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有賀敦紀1,齋藤詩織1(1. 広島大学) |
発 表 題 目 :
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「Sound-free SMARC effect:聴覚刺激から独立した音と空間の対応」 |
発 表 要 旨 :
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ピッチの高い音に対して空間的に高い位置にあるキーで反応すると,低いキーで反応する時よりも反応が速い.この現象はSpatial-Musical Association of Response Codes (SMARC)効果と呼ばれ,音の表象は空間的であることを示していると考えられてきた.しかし,人間はピッチの高い音に対して空間的に高い位置にその音源を自動的に定位する傾向(音源定位の錯覚)があるため,SMARC効果が(a)音源定位の錯覚と反応の対応によって生じているのか,あるいは(b)音の空間的表象と反応の対応によって生じているのか,を切り分けることができなかった.そこで本研究は,聴覚刺激の代わりに音の高さを表す単語(ド,レ,ミなど)を視覚的に呈示して,SMARC効果が生じるのかを調べた.実験の結果,聴覚入力がなくてもSMARC効果は生じることがわかった.この結果は,SMARC効果が音源定位の錯覚ではなく,音の空間的表象に基づいていることを示している.つまり,音は空間的に符号化されていると考えられる. |
選 考 理 由 :
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本研究は,聴覚刺激において観測されるSMARC効果が非聴覚刺激においても観測された点,音の高さと関連しない課題であっても,一部ではあるがSMARC効果が生じた点において非常にユニークな研究であるといえる.また,非聴覚刺激を用いてSMARC効果が観測されたことから,SMARC効果において議論されてきた「音の表象は空間的である」のか「音源定位の錯覚」であるのかという対立仮説について,「音の表象は空間的である」ことを示唆する結果となっており,SMARC効果が生じるメカニズムに関して多くの情報を提供するものであった.さらに,口頭発表においてSMARC効果をわかりやすくプレゼンテーションし,結果や考察についても説得力のある表現がなされていた点も評価に値する.以上のことから,本研究は総合性評価部門の優秀賞に十分に値するものと判断した. |