第19回日本認知心理学会優秀発表賞

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日本認知心理学会優秀発表賞

第19回日本認知心理学会優秀発表賞の選考結果のお知らせ

 日本認知心理学会優秀発表賞規程に基づき,選考委員会において慎重な審議を重ねた結果,発表総数94件の中から,以下の8件の発表に優秀発表賞を授与することに決定しました.受賞者には第20回大会にて授与を行います.

2022年6月18日

※下記受賞者の所属表記はすべて,発表当時のものとなります.現在の所属と異なる場合もあります.ご了承いただけますと幸いです.
※お名前表記に*がある方は2022年7月5日時点での非会員です.次回大会時に予定されている授与式までに入会された場合には発表賞授与の対象となります.

技術性評価部門

受賞者(所属)

澤田玲子1,*佐藤弥1,2,中島亮一1,熊田孝恒1(1京都大学,2理化学研究所)

発表題目

拡散過程モデルによる感情表情検出における認知プロセスの推定

発表要旨

本研究では,拡散過程モデル(Ratcliff,1978)に基づいて,ヒトが素早く正確に感情表情を検出する認知プロセスを検討した.中性表情の顔画像をディストラクタに,怒り・幸福を示す感情表情,またはこれらの感情表情と特徴変化量は同じだが中性感情を示す表情の顔画像をターゲットに用いた表情探索課題を実施し,その正答・誤答試行の反応時間から拡散過程モデルによるパラメータ推定を行った.その結果,感情表情ターゲットに対して選択的注意等の早期処理を含む非決定時間の短縮,検出に必要な情報の蓄積速度を反映するドリフト率の増大が見られた.また,蓄積される情報量を反映する閾値も大きかった.さらに,これらのパラメータの変化はターゲット表情が喚起する主観情動の覚醒度の高さと関連があった.よって,感情表情の素早く正確な検出は,表情の情動的意義に基づいて素早く注意が引き付けられ,十分な情報が迅速に蓄積されることで達成されると考えられる.

選考理由

本研究では,拡散過程モデルを用いて,感情表情検出における認知プロセス推定が試みられている.これまでの研究では,他者の感情的な表情は,中性的な表情と比較して,素早く正確に検出されることが報告されてきた.しかし,感情表情の素早く正確な検出にいたるその認知プロセスは明らかではなかった.本研究では,拡散過程モデルを表情探索課題と組み合わせることで,感情表情の素早く正確な検出にいたる認知プロセスを,複数のパラメータから推定している.結果として,感情表情の素早く正確な検出にいたる認知プロセスとして,非決定時間の短さ・ドリフト率の大きさというパラメータの関与が特定された.また,表情により喚起された覚醒度が,非決定時間の短さ・ドリフト率の大きさとそれぞれ関係していた.本研究は,拡散過程モデルを感情表情検出の認知プロセス推定に巧みに適用しており,技術性評価部門での優秀賞に値すると判断した.


受賞者(所属)

白砂大1,*香川璃奈2,本田秀仁1(1追手門学院大学,2筑波大学)

発表題目

人の判断プロセスの解明に向けたマウス軌跡の実験的検討

発表要旨

人は,数秒程度のごく短い時間で判断を行うことがある.判断時の認知プロセスを検証する際には,眼球運動や脳活動の計測といった手法が広く用いられる.しかしこれらの多くは,金銭的なコストが大きく,かつ実験参加者を長時間拘束するという欠点がある.本研究では,人の認知プロセスを,マウスカーソルの軌跡という簡易的な指標を用いて検証することを試みた.実験では,PC画面上に黒白の格子画像が呈示され,参加者は「黒の部分が全体の50%より多いか」という質問に「はい」か「いいえ」で回答した.このときのマウスカーソルの位置(画面上のxy座標)がフレームごとに記録された.結果として,「人は課題開始後約1秒で,認知的葛藤を感じていないものの,しばしば誤った判断を行う」という傾向が確認された.本研究は,人の判断の認知プロセスを検証するうえで,マウスカーソルの軌跡が有用な指標となる可能性を強調するものだといえる.

選考理由

本研究は,マウスで「はい」「いいえ」のボタンをクリックすることによる選択反応において,マウスの軌跡を分析することにより人間の判断過程の一側面を明らかにする方法について検討を行ったものである.日本の認知心理学の研究においてほとんど使われていない新しい方法を紹介し,判断研究への適用可能性を示したことは意義が大きいと考えられる.この方法の妥当性や信頼性が検討され,適用範囲が示され.多くの研究者が研究の方法を決定する際に一選択肢として考慮するようになることを期待する.


受賞者(所属)

市村賢士郎1,*平井志歩2,*水野廉也2(1大学改革支援・学位授与機構,2京都大学)

発表題目

BGMの自己選択が持続的注意課題の取り組みに及ぼす影響:BGMを自分で選ぶとやる気が高まる

発表要旨

課題取り組み時のBGMの効果の有無や,効果的なBGMの種類に関する先行研究の結果は一貫していない.その一因として,音楽の要因が複雑かつ統制困難であることが挙げられる.本研究では,BGMの自己選択というシンプルな要因に着目した.参加者が好みの音源をAI作曲ツールで作成することで,音源のfamilialrityやpreferenceを統制し,ジャンルやムードの影響を検討できるように工夫した.作成した6曲の音源の中から,課題中のBGMを自己選択する条件,ランダムに選択される条件,BGMなしの条件を設け,持続的注意課題の取り組みを比較した.大学生65名のデータを分析した結果,自己選択条件では他の条件よりも課題の楽しさが高かった.また,BGMなしの条件と比べて課題に注意を向ける意識が低いにもかかわらず集中力や成績には差がなかった.音源のジャンルやムードには条件間で偏りがなかったことから,音楽の要因ではなく,自己選択の影響が大きく結果に反映されたと考えられる.

選考理由

本研究は,課題遂行時のBGMの影響について,自身が選択したBGMがそうではないBGMより有効になりうることを実証した研究である.特に,BGMの選択について,既存の楽曲から選択させるのではなく,参加者自身の項目選択に応じてAIが作成した曲を用いた点が興味深い.BGMの影響についてはこれまでにも様々な知見が得られ,結果が一致していないが,既存の楽曲の特徴や楽曲についての知識に影響されにくい手法の導入は,よりダイレクトにBGMの影響を検討することを可能にする.また,AIが作成する刺激を用いるという手法は,他の研究にも応用可能である.以上の点から,本研究は技術性評価部門の優秀賞に十分に値するものと判断する.


社会的貢献度評価部門

受賞者(所属)

川島朋也1,木村司2,篠原一光1(1大阪大学大学院人間科学研究科,2大阪大学産業科学研究所)

発表題目

車載機器を模したLED点灯がブレーキランプ検出に与える影響

発表要旨

近年,運転者がスマートフォンなどを車載機器として運転席近傍に置いて利用する例が増えているが,それが運転者の注意を損なうリスクは十分に検証されていない.本研究では,参加者近傍に配置した車載機器を模したLEDの点灯が注意を捕捉する過程を検証した.実験参加者はモニタ上に横に3台配置された自動車の画像を観察し,ブレーキランプの検出が求められた.参加者の左右近傍にLEDを配置した.LEDとブレーキランプ点灯位置の一致性(一致,不一致)ならびにLED点灯からブレーキランプ点灯までのSOA(50,150,350,550 ms)を操作した.実験の結果,SOAの有意な主効果が認められ,LED点灯直後のブレーキランプ検出が遅延することが示された.さらにSOAが550 msの条件では,不一致条件よりも一致条件の反応時間が遅くなる復帰抑制が見られた.このように,車内機器の視覚情報によって注意が空間的に捕捉され,車外空間の視覚情報検出が遅延する可能性が示唆された.

選考理由

本研究は運転場面を模した実験室実験によって,前方の自動車と手前に位置する車載情報提示デバイス間での注意移動について検討したものである.実験結果から,自動車ブレーキランプの点灯および情報デバイスにおける情報出現のタイミングを操作し,注意の復帰抑制を確認した.本研究は注意の基礎的な機能である復帰抑制を日常的な運転状況で生じることを示し,車内に存在する情報提示デバイスの使用が交通状況への注意配分を妨害する危険性を示唆するものである.認知心理学の成果を社会に還元する研究として高く評価でき,社会的貢献度評価部門における優秀賞にふさわしいと判断された.


発表力評価部門

受賞者(所属)

齊藤俊樹1,2,元木康介3,*高野裕治4(1早稲田大学,2日本学術振興会, 3宮城大学,4人間環境大学)

発表題目

マスクをした顔に対する表情認知の文化差

発表要旨

新型コロナウイルス感染防止対策に伴い,互いにマスクをした状態で他者と交流する機会が世界的に増加した.西洋人を対象とした研究によると,マスクをした顔の表情認知は困難となることが示されている.しかし,表情認知に重要となる顔の部位が西洋と東洋で異なることを考えると,マスクによる表情認知への影響が文化によって異なる可能性がある.本研究では,表情認知における文化学習理論の観点から,マスクによる表情認知への影響の文化差を検討した.実験では,日本とアメリカの参加者がマスクをした顔と,していない顔を見て,その感情状態を6種類(笑顔,怒り,悲しみ,恐怖,嫌悪,真顔) のうちから判断した.結果,笑顔表情の認識において,アメリカではマスクがその正確性を低下させたのに対し,日本ではその影響が認められなかった.本研究の結果は,表情の表出と読み取り方法が文化によって異なることを反映しているものと考えられる.

選考理由

本研究は,マスク着用による表情認知の困難感の影響に文化差があることを,オンライン実験によって検討したものである.世界中でマスク着用が日常化した世界において,マスクが対人コミュニケーションに与える影響は多くの人が強い関心を抱いているテーマである.本研究では,東洋文化と西洋文化では表情表出に重要な部位が異なるという先行研究から,マスクによって口元を隠すことによる表情認知への影響は西洋文化圏で強く東洋文化圏では弱いと仮説を立て検証を行った.その結果,特に笑顔において仮説に合致する結果を得ている.シンプルながら説得力のある仮説に基づいた研究であること,オンライン実験を用いて各国200名を超える実験参加者のデータを取得し今後の認知心理学におけるオンライン実験の可能性を示したこと,結果を明快にわかりやすくまとめ多くの人の興味をひきつける発表であったことから発表力評価部門の優秀賞にふさわしいと判断した.


受賞者(所属)

鈴木萌々香1,氏家悠太2,3・高橋康介4(1中京大学心理学研究科,2日本学術振興会,3立命館大学OIC総合研究機構,4立命館大学総合心理学部)

発表題目

連続提示顔の変形効果に影響する顔部位の検討

発表要旨

複数の顔写真を周辺視野に連続で提示すると不気味さや歪みを感じる (FFDE).これまでの報告からFFDEには顔の全体処理や目に対する知覚処理が関与すると考えられている.そこで本研究では顔の各部位の呈示・非呈示によるFFDEの強さの変化を検討した.実験ではFFDE刺激を提示し,刺激観察中に歪みを知覚するまでの潜時,歪みを知覚していた時間の合計である累積時間,歪みと不気味さの主観的強度の測定を行った.実験の結果,呈示する顔部位により歪みや不気味さの主観的強度が異なり,顔全体が呈示された条件が最もFFDEが強いことが明らかになった.このことから,顔の全体処理がFFDEの生起に関与する可能性が示された.目の効果については,目非呈示条件と目のみ呈示条件でFFDEが弱いことが確認された.これにより,目のみの呈示では強力なFFDEを引き起こすことはできないが,強力なFFDEの生起には目の呈示が必要であり,他の顔部位に比べて目による影響が大きいことが示された.

選考理由

本研究は,人の顔が周辺視の同じ位置に次々に提示されると顔の形状や色が歪んで見え,不気味さを感じるFlashed Face Distortion Effect(以降,FFDE)の発生メカニズムを検討したものである.先行研究から目に対する情報処理がFFDEを生じさせる要因のひとつと考えられるが,その他の顔情報処理との比較は行われておらず,それがどの程度FFDEの発生に寄与するかは明らかではない.発表では,まずFFDEが生じる刺激を提示し,聴衆にこの心理現象を体感させた.また,顔全体,顔上半分,目なし,目のみ,輪郭なしで,FFDEがどの程度生じるかを検討し,目の提示がFFDEを生じさせる十分条件ではないこと,顔の輪郭がFFDEの生じやすさに関与する可能性を示した.比較する実験条件の設定,実験手続き,分析は妥当な方法がとられており,またそれがわかりやすく発表されていたため,結果および考察は説得力のあるものであった.そのため,発表力評価部門の優秀発表としてふさわしい研究であると判断した.


 総合性評価部門

受賞者(所属)

本田秀仁1,熊崎博一2,植田一博3(1追手門学院大学,2国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所,3東京大学)

発表題目

自閉症者の不確実性理解と意思決定:言語的確率表現を用いた実験的検証

発表要旨

実世界の現象は不確実性を伴うことが多いため,人は言語的な確率表現を用いてその現象を伝達し,またその情報に基づいて意思決定を行う.これまでの研究で,言語的な表現が伝達する数的情報(例:「わずかな見込み」は低い確率を,「ほぼ確実」は高い確率を伝える)のみならず,ニュアンス(例:「わずかな見込みがある」のようなポジティブ表現,あるいは「あまり見込みはない」のようなネガティブ表現)が私たちの意思決定に影響を与えることが示されている.本研究では,言語的確率表現に基づいて意思決定を行ったときのパフォーマンスを自閉症スペクトラム症(ASD者)と定型発達者(TD者)間で比較し,ASD者の不確実性理解と意思決定の特徴を分析した.結果として,ASD者は,1)言語的なニュアンスの影響を強く受ける,2)言語が伝える数的情報の影響は小さい,という2点が明らかになり,TD者とは異なる形で不確実性を理解し,また意思決定を行っていることが示された.

選考理由

本研究は,不確実な事柄に関してコミュニケーションを行う際に頻繁に用いられる言語的確率表現 (「ほぼ確実だ」,「あまり見込みはない」など) に基づく意思決定に関して,定型発達 (TD) 者と自閉スペクトラム症 (ASD) 者を比較検討したものである.TD者48名,ASD者52名を対象に, 言語的確率表現に基づく意思決定課題を行った.その結果,両者で異なる傾向が認められ,ASD者はTD者にくらべて確率の違いに鈍感であることが示された.本研究の知見は,特性に応じた多様な意思決定プロセスの存在を示唆するものである.同時に,こうした言語的確率表現が日常で頻繁に用いられることを考えると,将来的に,ASD者とTD者間の (言語的確率表現に基づく) ミスコミュニケーションの原因の特定と解消につながりうる知見である.Slack上での質問への丁寧な回答も発表内容の理解と意義を促進するものだった.以上の理由から,本研究は総合性評価部門における優秀発表賞に値する研究であると判断した.


受賞者(所属)

山崎大暉1,*平谷綾香2,永井聖剛2(1 立命館大学OIC総合研究機構,2 立命館大学総合心理学部)

発表題目

衝突時間推定における恐怖表情の影響は視線方向に調整される

発表要旨

接近する対象の衝突時間(time-to-collision,TTC)の推定能力は,動的環境での安全な行動に必須である.接近物体のTTCは理論上,網膜像の大きさの時間変化量から推定できるが,対象が人物である場合のTTC推定特性は理解が進んでいない.本研究では,顔のTTC推定課題における表情(恐怖・無表情)と視線方向(直視・逸視)の影響を検討した.参加者は暗室のOLEDモニタで接近顔を観察し,自分に衝突すると思う時刻にキー押しした.実験の結果,恐怖顔のTTCは無表情顔と比べて早く衝突すると推定されたが,この表情効果は逸視視線の場合に限られた.本結果は,低次視覚情報に基づくと考えられるTTC推定が顔由来の感情情報に影響されることを初めて示し,さらにその影響が視線方向に制御されることを示す.逸視視線による恐怖表情効果の増大や,直視視線による顔処理の安定化が機序として考えられる.実場面では,他者との相互視線がより正確な接近知覚と衝突回避に貢献する可能性がある.

選考理由

本研究の主課題は,接近運動を模して顔画像を拡大呈示し,それが「自分に衝突する時間 (TTC)」を推定するTTC推定課題であり,精緻な研究計画に基づいて実験,分析が行われている.結果も興味深く,顔刺激が自分を直視している場合には,表情にかかわらずTTC推定値は小さく,顔刺激が自分とは違う方向に視線を向けている場合には,恐怖表情刺激は無表情刺激より「早く衝突する」と知覚された.衝突時間の正確な推定は,適切な衝突回避行動をとるために重要であり,その推定に表情や視線が貢献することを明らかにした点で,学術的にも応用的にも大きな意義がある.また,刺激の感情価によってTTC推定値が変動しうることを,顔刺激を用いて明確に示したことから,表情の知覚およびそれが行動にもたらす影響の研究としても高く評価される.以上の点から,本研究は総合性評価部門の優秀賞に十分に値するものと判断した.


※新規性評価部門,国際性評価部門は該当なし

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