理事長挨拶

理事長挨拶

 

人間の「心」とはいかなるものか。「心」という人間に残されたフロンティアに挑むのが,心理学の役割です。認知心理学は,心理学の中でも,ものごとを認識し,理解し,判断する機能や状況に応じた適切な行動を選択する機能といった,人間の知的な活動を支えるあらゆる機能を対象とした学問領域です。これらの機能がどのようなものか,誰もが経験を通じて,ある程度はわかっています。これが心理学を身近なものにしている反面,誤った知識が流布するもとにもなります。私たち認知心理学者は,個人の主観的な体験を超えて,科学的な視点で「心」を捉え,「心」についての正しい知識を社会に発信することを使命としています。

今,認知心理学をめぐる状況は大きく変わりつつあります。まず,この数十年の間に,脳科学,特に,生きている人間の脳の働きを可視化する技術が大きく進歩しました。脳をはじめとする身体のハードウェアの制約やそれらの働きを理解することで,認知心理学の研究も大きく進展してきました。今後,脳を理解するという研究の流れの中で,心のソフトウェアの専門家としての認知心理学者の役割も大きくなることでしょう。

昨今の人工知能の技術の進展もまた,認知心理学の役割を大きく変える契機となりつつあります。限られた範囲であれば,人間をはるかに超えた認知能力を発揮する人工知能がすでに多く開発されています。一方で,意識やメタ認知(自分が認知している状態を認知する機能)のような,現状では人間固有と考えられている認知機能についても,人工知能の研究者は興味を抱いています。人工知能の研究と認知心理学の研究が互いにインパクトを与え合うような時代が目の前まで来ています。クルマの自動運転や高度な認識機能を備えたヒューマノイドの開発などの人工知能を応用した技術開発の分野でも,認知心理学が貢献できる部分が多くあることでしょう。

 高齢社会,あるいは高度情報社会における様々な問題に対しても,心の専門家としての認知心理学者に対する要請は高まっています。加齢や脳疾患に伴う認知機能の低下の評価や機能の回復(リハビリテーション)に関わる領域や,高齢者にとって使いやすい機器の評価や開発などは,これまで以上に認知心理学の貢献が期待される分野です。また,情報空間における仮想エージェントとのコミュニケーションなど,これまで我々が経験したことがない,新しい情報環境を創造する上でも,認知心理学の果たせる役割は大きいと思われます。新しい情報環境下で起きるであろう認知的な不適応なども認知心理学者が解決すべき問題かもしれません。

 このように認知心理学に対する社会からの期待や要請が非常に大きいものである一方,大学,特に大学院の修士課程を修了した学生が,認知心理学の専門性をいかした職種に就ける可能性があまり高くないという現状にも目を向ける必要があります。企業などで人間に関わる製品やサービスの研究,開発を行うセクションでは,人間を科学的に理解する知識や技術を有する人材は極めて有用です。彼ら彼女らを活用しない手はありません。学会としては,心理学修了者のキャリアパスの問題にも,積極的に取り組んでいきたいと思っています。

 認知心理学を含めて心理学の領域では,ここ数年,研究に対する信頼性の基盤が揺らいでいます。過去に著名な学術誌に掲載された研究の結果の中に再現できないものが少なくないという報告に端を発したものです。意外な結果や極端な結果といった,いわゆる「おもしろい結果」を期待する学会内外の風潮など,この問題の原因は根深いと思われますが,日本認知心理学会としても,この問題を放置することはできないと考えています。学会として,学問領域の信頼性の向上のために何ができるかを,真剣に考えなくてはなりません。

 認知心理学は,学術的な知識をより一層深化させるとともに,それらを周辺の学問領域や,社会での問題の解決といった活動にも展開することが期待される状況となってきています。日本認知心理学会には,研究者コミュニティとして,互いに切磋琢磨することで認知心理学の学術的な発展に貢献するとともに,成果を社会に還元し,また,社会からの新しい要請に応えるための基盤となることも期待されています。

皆様の協力のもと,認知心理学の発展に貢献できるよう邁進する所存です。今後とも,日本認知心理学会の活動に,ご理解とご協力をお願いいたします。

                                                                            日本認知心理学会理事長                                                                                                  熊田孝恒

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